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(実写とCGの挟間で)アバターはアニメーションの夢を見るか?|長沢朋哉
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(実写とCGの挟間で)アバターはアニメーションの夢を見るか?|長沢朋哉
少し陳腐なタイトルかなと思いつつ、いちおう記事の趣旨を表してはいるし他に思いつかないので、このま... 少し陳腐なタイトルかなと思いつつ、いちおう記事の趣旨を表してはいるし他に思いつかないので、このままのタイトルで投稿することにする。 この記事は映画「アバター・シリーズ」の感想でもないし、大それた批評でもない。この映画を観たことをきっかけに、「映画の映像表現って、これからどうなっていくんだろう?」ってことに関心が向いて、それについて私が感じたことを書き連ねていくものになる。 ということでここから本題になるのだが、先日、映画『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(以下『アバターWoW』と記す)を劇場で観てきた。感想としては、「海の映像が凄かった」ことに尽きる。〈*1;記事本文後に補足あり、以下同様〉 そして、その「海」のシーンの中でも、特に海中でのアクションシーンと沈没する船舶からの脱出シーンは、宮崎駿(1941-)の演出によるTVアニメシリーズ『未来少年コナン』へのオマージュを色濃く感じた。