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折口信夫 信太妻の話
一 今から二十年も前、特に青年らしい感傷に耽りがちであつた当時、私の通つて居た学校が、靖国神社の近... 一 今から二十年も前、特に青年らしい感傷に耽りがちであつた当時、私の通つて居た学校が、靖国神社の近くにあつた。それで招魂祭にはよく、時間の間を見ては、行き/\したものだ。今もあるやうに、其頃からあの馬場の北側には、猿芝居がかゝつてゐた。ある時這入つて見ると「葛の葉の子別れ」といふのをしてゐる。猿廻しが大した節廻しもなく、さうした場面の抒情的な地の文を謡ふに連れて、葛の葉狐に扮した猿が、右顧左眄の身ぶりをする。 「あちらを見ても山ばかり。こちらを見ても山ばかり。」何でもさういつた文句だつたと思ふ。猿曳き特有のあの陰惨な声が、若い感傷を誘うたことを、いまだに覚えてゐる。平野の中に横たはつてゐる丘陵の信太(シノダ)山。其を見馴れてゐる私どもにとつては、山又山の地方に流伝すれば、かうした妥当性も生じるものだといふ事が、始めて悟れた。個人の経験から言つても、それ以来、信太妻伝説の背景が、二様の妥当性
2015/02/10 リンク