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『モカンボ・セッション』が残したメッセージとは? 【ヒップの誕生 ─ジャズ・横浜・1948─】Vol.6 | ARBAN
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『モカンボ・セッション』が残したメッセージとは? 【ヒップの誕生 ─ジャズ・横浜・1948─】Vol.6 | ARBAN
占領が終わって間もない時期に、横浜の雑居ビルの地下で行われた一大ジャム・セッション。一人の学生が... 占領が終わって間もない時期に、横浜の雑居ビルの地下で行われた一大ジャム・セッション。一人の学生が手掛けたその日の録音は、日本のジャズ史における極めて貴重な歴史的資料となった。それはまた、ジャズが最もヒップだった時代の記録でもある。伝説の「モカンボ・セッション」の意味を改めて問う。(前編はコチラ) あれは「歴史的録音」ではない 横浜・伊勢佐木町の『モカンボ』でセッションが続いていた10時間の間、岩味潔はテープレコーダーを操作し続けていた、しかし、録音自体がずっと続いていたわけではない。 モカンボ・セッションの貴重な写真。 「テープは5時間ぶんくらいしかなかったので、司会のハナちゃんの話は省いて、演奏だけを録りました。でも曲が終わった直後にすぐ次の曲が始まったりして、もたもたしているうちに録り損ねたり、失敗して途中で止めてしまったりすることが何度もありました」 結果、一部途中で途切れているもの