エントリーの編集
![loading...](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/common/loading@2x.gif)
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
![アプリのスクリーンショット](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/entry/app-screenshot.png)
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
本当は怖い日本国憲法 - ykr
心配性です。 承前「勤労の義務」に対応するのは誰の権利―「国民の義務」について考えた 条文にどんな言葉が... 心配性です。 承前「勤労の義務」に対応するのは誰の権利―「国民の義務」について考えた 条文にどんな言葉が書かれているか、だけでなく、現実にそれを社会がどう解釈するか、という点も重要だ。 昔の明治憲法すなわち大日本帝国憲法は、運用次第では自由で民主的な社会の憲法として機能するそうだ。国民の権利保護の観点からは今からすると甘すぎる書きぶりであり、思想言論統制社会を許してしまったが。 憲法に書いてある「国民の義務」は倫理的義務か法的義務か 国民の義務についてうだうだ一人で考えすぎだと思い、答えをてっとりばやく知りたくて書店で憲法の本をちら読み。その本は買わなくて書店さんすみませんありがとう。多分この本。 憲法の本質は、人間の権利を守るために、それを侵害しがちな国家の権力(そういえば「権利」じゃないね「権力」だ)に歯止めをかけるものだから、憲法の「国民の義務」の条項は国民に法律的義務を課すものでは