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吉野ケ里の発掘終わる 26年、邪馬台国説で沸く - MSN産経ニュース
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吉野ケ里の発掘終わる 26年、邪馬台国説で沸く - MSN産経ニュース
復元された「北内郭」(左奥)と物見やぐら(右奥)など弥生時代後期の集落跡=29日午後、佐賀県吉野... 復元された「北内郭」(左奥)と物見やぐら(右奥)など弥生時代後期の集落跡=29日午後、佐賀県吉野ケ里町 佐賀県の吉野ケ里遺跡で、県教育委員会が昭和61年以来、四半世紀にわたって続けてきた発掘調査が今月、終了した。今後は約2万点に上る出土品を分類して年代測定などを実施し、平成26年に調査報告書をまとめる。 遺跡では弥生時代前期から後期の集落跡が見つかり、ムラからクニへと発展する様子が確認された。前期(紀元前5~前3世紀)は、青銅器を鋳造する道具の断片が出土。中期(紀元前2世紀~前1世紀)では、巨大墳丘墓や約3千基の甕棺墓から頭部を切り取られた人骨など戦闘の犠牲者とみられる被葬者が見つかった。 後期(1~3世紀)は、周囲2.5キロにおよぶ国内最大規模の環壕内に、祖霊を祭る大型建物などが立ち並ぶ区域「北内郭」と、物見やぐらや首長などの居住区が集まる「南内郭」が確認された。