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多和田葉子『アメリカ 非道の大陸』
ドイツに住むようになって一度日本語を消失した多和田葉子の言語感覚を小説として読むとき私は、外国人... ドイツに住むようになって一度日本語を消失した多和田葉子の言語感覚を小説として読むとき私は、外国人が「ケイオウは、大学と病院とデパートとホテルと電車、いろいろやってる会社だね、ワタシの国では考えられない、おまけにケイオウ病院へはケイオウではなくジェイアールで行くのはなぜなのか、ニッポンの鉄道会社はデパートから墓場まで線路で繋ぐ、だろ?」と言ってくるときに感じるブレと、似たものを感じる。それが時にはユーモアになり、時には底知れぬものとなる。放り出されたり、置いてけぼりをくらったりする。そして、そんな読み手のことなどおかまいなしに「あなた」の物語は進み、終わる。そうしたことの匙加減が自由自在、巧い。 笑っていいものかどうか、一瞬ひるむ。ひるむということは、脊髄反射的な笑いとは異なる。その種の笑い方を、私は知らない。この問題は根深く、カフカを読んでも、当時カフカの朗読を聞いていた人たちが笑い転げた
2006/12/29 リンク