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福沢諭吉の儒教批判その1: 竹林の国から
福沢諭吉の父は漢学者で、伊藤東涯(伊藤仁斎の子)に私淑し「誠心誠意屋漏に愧じず」(人の見ていない... 福沢諭吉の父は漢学者で、伊藤東涯(伊藤仁斎の子)に私淑し「誠心誠意屋漏に愧じず」(人の見ていないところでも自ら身を戒め恥じることのないようにすること)ということを心がける真実正銘の儒者であった。だから、子供たち(諭吉は5人兄弟の末子)を育てるのも全く儒教主義により、そのため世間一般の風俗からは浮いていたが、母子むつまじく兄弟喧嘩などただの一度もしたことがなく、かりそめにも俗なことには心を動かされないという家風の中で育った。 ただ、漢学の勉強を始めたのは人より遅く14,5歳になってからで、白石という先生についてその後4,5年漢書を学んだ。しかし、天稟、文才もあったらしく、論語、孟子よりはじめ、詩経、書経、左伝、戦国策、老子、荘子、史記、前後漢書、晋書、五代史、元明史略と読み進み、特に左伝は15巻全部を通読およそ11たび読み返しておもしろいところは暗記していたという。 ある時、何かの漢書に「喜