2024.02.21書評 「言葉なし」でも他者と一緒に居る可能性を探る、批評家の最後の闘争 文:與那覇 潤 (評論家) 『妻と私・幼年時代』(江藤 淳) 出典 : #文春文庫 ジャンル : #随筆・エッセイ 『妻と私・幼年時代』(江藤 淳) 一 乳児と検閲 一方、母はといえば、その「お話」の意味するところを、いうまでもなく十二分に理解していたに違いない。それはもとより禁止もなければ、検閲も存在しない(・・・・・・・・)世界である。無論私は、この頃のことを何一つ覚えてはいない。しかし、他の乳児たち同様に、自分にもかつてはそういう世界が確実に在ったのは、まぎれもない事実なのである。(一三五頁。傍点は引用者、以下同じ) 『幼年時代』第二回の右の一節は、異様である。 この原稿を自宅で掲載誌の編集者に渡した一九九九年七月二一日、江藤淳は浴槽で手首を切り、亡くなる。遺書を除けば、批評家の文字どおりの絶