山下俊彦には、休日は書斎にこもって本を必ず2冊は読むという“伝説”もある。その山下が社長時代に最も好んで読んだのが周五郎だったという。 周五郎の作品のテーマは大別すると2つある。市井の片隅に身を寄せ合って生きる庶民の心のぬくもり。もう一つは、心ならずも政治の場に駆り出され、純粋な忠誠心と封建制との相克に苦しみ、時には逆臣の汚名をきせられながら虚しくあらがう侍の孤独である。経営者としての山下の姿は、確かに後者のイメージに重なってくるのだ。 こんな皮相な連想は、山下本人には迷惑に違いない。山下の場合は、封建制度との闘いではなかったし、虚しい闘いでもなかった。だが、山下を語ろうとすると、どうしても、その「あまりに純粋な忠誠心」(田淵節也野村証券会長)がテーマにならざるをえないのである。 昭和52年、松下電産の役員26人中、下から2番目の序列にいた平取締役の山下が突然、社長に抜擢された時の模様は有