タグ

儒教と神仏に関するfunaki_naotoのブックマーク (9)

  • 3. 儒教との折り合い - 石井公成 | トイビト

    紀元前5世紀ごろのインドで生まれ、中国、朝鮮半島を経由して日へと伝えられた仏教。その教えには「無常」や「縁起」といった普遍的な面がある一方、時代や地域によって変化してきた部分も少なくないそうです。仏教は一体どのようにして生まれ、どんな変遷を遂げてきたのでしょうか。アジア諸国の仏教と文化を研究する、石井公成先生にお聞きしました。 ――中国はもともと儒教の国なので、インドから仏教が持ち込まれた時に反発が生じたという話を聞いたことがあります。 家族を捨てるとは何事だと。ほら、お釈迦様は出家をして悟ったでしょう。父母を大事にして跡取りを残し、一族を栄えさせるのが儒教だから、家族を捨てるのはとんでもないことなんです。 それに対して仏教側は必死で言い訳をする。『孝経(こうぎょう)』という親孝行を説いた儒教の経典に、一番の親孝行は親を有名にすることだと書いてある。お釈迦様ほど親を有名にした人がいるかと

    3. 儒教との折り合い - 石井公成 | トイビト
  • 吉川忠夫「孝と佛教」―論文読書会vol.2 - 達而録

    ※論文読書会については「我々の活動について」を参照。今回は内容が難しく、誤解している箇所がありそう。 ※論文はオンライン上で公開されています。 【論文タイトル】 吉川忠夫「孝と佛教」(麥谷邦夫『中国中世社会と宗教』同気社、2002) 【先行研究】 吉川忠夫「中國における排佛論の形成」(『六朝精神史研究』同朋社、1984) 吉川忠夫「六朝時代における『孝経』の受容」(同) 【要約】 六朝期に入って仏教は徐々に中国社会に浸透し始めたが、それにともなって排仏論も強くなった。というのも、仏教の教えには中国人にとって基的かつ重要な徳である「孝」と相容れない部分があったためである。それは、特に「沙門の剃髪」と「出家主義」の二点である。 まず筆者は、この二点に関する排仏論と仏教側の議論を描く。最初に取り上げられるのは牟子『理惑篇』と孫綽「喩道論」である。排仏論側は「剃髪は父母から受けた身体を傷つけて

    吉川忠夫「孝と佛教」―論文読書会vol.2 - 達而録
  • 『神道・儒教・仏教』

    江戸の思想を支配していた神道・儒教・仏教にこそ、現代人の思考の原風景がある。これら三教が交錯しつつ形作っていた豊かな思想の…

  • 慰霊と招魂―靖国の思想 村上重良 - 本と奇妙な煙

    靖国の思想 長州藩の招魂場が護国神社の源流 東京招魂社創建 神道国教化政策 別格官幣社 西南戦争が契機に 靖国神社に改称 英霊 明治神宮 靖国神社法案 慰霊と招魂―靖国の思想 (岩波新書) 作者:村上 重良発売日: 1974/09/28メディア: 新書 靖国の思想 大老の暗殺と攘夷の実力行動の続発に危機感を深めた幕府は、総力を傾注して反幕分子の掃滅を図り、それにたいして尊攘派は自己防衛と報復のテロで反撃した。幕府倒壊前夜の数年間、日をおおったこの政治的極限状況は、悽惨な流血で満たされており、倒幕、佐幕の両勢力のあいだには、報復と憎悪の念がみなぎっていた。靖国の思想は、こういう歴史上の特異な一時期に普及した国事殉難者の招魂の思想を原型として形成された。(略) 桜田門外の変を契機として攻守所を変えた尊攘派は、公武合体の進行とともに大獄の刑死者をはじめ自派の犠牲者の名誉回復に乗りだした。 (略

    慰霊と招魂―靖国の思想 村上重良 - 本と奇妙な煙
  • 「信じる」の意味、カミと人、儒学の影響と矛盾…神道に関するさまざまな論議~織部ゆたか氏のツイートを中心に

    神道は自然発生的な信仰から始まり、怨霊を鎮めたり、英雄を祭ったり、仏教や儒教の影響を受けたり…とさまざまな変遷を経てきました。 「人はカミになれるか?」「悪の天皇を、天照は罰するのか?」「禅と神道」など、織部ゆたか氏のツイートを中心としたさまざまな議論です。

    「信じる」の意味、カミと人、儒学の影響と矛盾…神道に関するさまざまな論議~織部ゆたか氏のツイートを中心に
  • 尊皇思想の亡霊 - TKTitsushi

  • 大谷大学 教育研究機関>博物館>2009年度夏季企画展

    funaki_naoto
    funaki_naoto 2009/07/22
    「儒・仏・道・神−東アジアの宗教と文化−」
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    トルコ水紀行 -前編 イスタンブール- みなさんこんばんは、地図子です!8月は久しぶりに毎月更新にしようと思います。今までずっと名古屋について書いてきましたが、ワープして・・・ トルコについて書きたいと思います。 2024年6月に念願のトルコに行ってきました。いつからトルコに行きたかったかわから…

    はてなブログ | 無料ブログを作成しよう
  • 再び他界観について(後編) - 西野神社 社務日誌

    文章がかなり長くなってしまったので、前編と後編とに分けました。昨日の「前編」ではキリスト教とイスラームの他界観についてまとめましたが、今日の「後編」では、仏教と儒教の他界観についてまとめさせていただきます。 ■初期の仏教の他界観 1月19日付の記事でも述べましたが、そもそも仏教の開祖である釈迦は、死後の世界についてはほとんど何も語っていません。上座部仏教(主に東南アジアで広がった仏教)、大乗仏教(主に中国や日で広がった仏教)に関わらず、現在の仏教が死後の世界について詳細に語るのとは対照的で、初期の仏教では、死んで幸せになることよりも生きている間に煩悩を捨てて苦しみを減らすことの方をずっと重要視していたため、死後の世界についてはほとんど重視していなかったのです。 仏教の最初期経典の中には仏陀が直接答えることをしなかったいくつかの問題が記されており、それは「十無記」もしくは「十四無記」といわ

    再び他界観について(後編) - 西野神社 社務日誌
    funaki_naoto
    funaki_naoto 2006/04/19
    仏教と儒教の他界観
  • 1