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ブックマーク / note.com (2,355)

  • かなりとがった戦略本。『天才による凡人のための短歌教室』木下龍也|夕遊

    私が現代的な短歌を知ったのは、学生時代、俵万智さんの『サラダ記念日』とかがベストセラーになってからでしょうか。短歌自体にそれほど興味はなかったものの、俵万智さんの『短歌をよむ』は、短歌の歴史や短歌をどう読むか、詠むか、短歌界がどうなっているのか、短歌の表現についてわかりやすく書かれていたのでおもしろかったです。 とはいえ、短歌に疎い私。このを手に取ったのは当に偶然なのですが、予想に反して、尖っていたので驚きました。まず、タイトルからして叙述トリック。「天才による凡人のための短歌教室」とくれば、短歌のプロを自認する著者が、「短歌って何?」な一般人向けに作り方を教えるだと思うじゃないですか。全然違いました。 僕にとっての短歌の天才を見つけるためだ。これまでに培ったいくつかのコツを、まだ短歌を始めていない未知の天才に、短歌を始めたばかりの未来の天才に伝え、なるべくはやく天才になってほしいか

    かなりとがった戦略本。『天才による凡人のための短歌教室』木下龍也|夕遊
  • めちゃ良いThe Beatlesのカバー|君電

    当に今更なんですが猪野秀史の「In Dreams」を聴いて良いね…となりました。 「Magnetic Dance」が一番好き。 えらいこっちゃえらいこっちゃえらいこっちゃ。 イントロからあまりに「らしい」アレンジで、最初はオリジナル楽曲かと思って聴いていた。 歌い出しで気付くみたいな。 16beatでやるんだ〜という衝撃。 「おやすみなさい」というより「良い夜だね」みたいな雰囲気。 ボーカルは割とリンゴに近い雰囲気で、鼻にかかった歌い方が似てますね。 Yesterday/The Heptones「Good Night」で思い出したThe Beatlesの良いカバー楽曲がひとつ。 これも「もうこの人達の曲じゃん」みたいな。 レゲエ/ロックステディアレンジされた「Yesterday」。 オリジナルは室内楽的な雰囲気がありますが、このアレンジは天気の良い日に外でお散歩、みたいな感じ。 のほほん

    めちゃ良いThe Beatlesのカバー|君電
  • 100年超えベンチャーの展示会|株式会社イワタ * フォントメーカー*

    みなさんこんにちは。 イワタ最古参の営業担当、佐藤です。 今回お送りするのは、ずばり展示会。 展示会といえば、東京モーターショー、東京ゲームショウなどが有名ですが、様々な展示会が日々開催されています。 みなさんも大小問わず、展示会に一度は行ったことがあるのではないでしょうか。 イワタも毎年、いくつかの展示会に出展しています。 さて、突然ですが、どちらのブースに目を惹かれますか? 左のブースは、一般的な展示会の真面目なブースという印象だと思います。 一方、右のブースはカラフルなブース背景に鳥獣戯画のキャラクター、中央には木まで生えています。 これ実は、どちらも同じ展示会に出展したイワタのブースなんです! (左は2010年、右は2025年のもの) 同じ会社とは思えないほど、2025年のブースは楽しげな装飾になっています。 今回は、ブースの変遷を軸に、どうしてこんな風に変わったのか、ここに至るま

    100年超えベンチャーの展示会|株式会社イワタ * フォントメーカー*
  • DAW上でのトラック名の付け方と、エンジニアに渡す場合こういうことに配慮すると嬉しいよという話(私の場合)|三國浩平/作編曲家、レコーディングエンジニア

    DAW上でのトラック名の付け方と、エンジニアに渡す場合こういうことに配慮すると嬉しいよという話(私の場合) 既に散々いろんな方が既に議論されているネタだと思いますが、「作家さんがこういう配慮をしてくれていてありがたかった」という話や、自分自身「レコーディングとミックスはPro Toolsだけど、打ち込みは他のDAWで作業」という体制をとっているのでそのときに気をつけていることをここにまとめておきます。 前提としてほとんどのエンジニアは、Pro Toolsを使っているまず前提として、ほとんどのレコーディング/ミキシングエンジニアはPro Toolsを利用しています。別にPro Toolsじゃないとだめというわけじゃないですが「波形編集がしやすいから」「ほぼすべてのレコーディングスタジオがPro Tools HDXだから」辺りが理由でしょうか。 なので、以下に続く話はすべて、「受け取った側がP

    DAW上でのトラック名の付け方と、エンジニアに渡す場合こういうことに配慮すると嬉しいよという話(私の場合)|三國浩平/作編曲家、レコーディングエンジニア
  • 「直感音楽」についての質疑応答 【監修済】|シュトックハウゼン音楽情報

    (この討論は1971年11月15日ロンドンの現代芸術協会(ICA)での講演「ライヴ・エレクトロニクスと直観音楽」のあいだに行われました。講演と討論は撮影(Allied Artists,London)され、フィルムから文章におこされました。討論の前にシュトックハウゼンは『エス』のテープ録音を演奏し、講演後には『上方へ』の録音を演奏しました。) シュトックハウゼン:今お聴かせしたのが『エス』です。先程述べたように、私はこの音楽を「直観音楽」と呼んでいます。『エス』のようなテキストとともに、我々は通常の即興演奏で使用されるようなあらゆる体系的方法を排除しなければならないからです ---「即興演奏」という言葉を普通の意味で理解するとして、ですが。そこで、私は「直観音楽」という言葉を使いたいのです。「直観音楽」が将来どのように発展していくかはこれからわかることです。どなたか質問はありませんか? 質問

    「直感音楽」についての質疑応答 【監修済】|シュトックハウゼン音楽情報
  • ヒュムネン(国歌) <1966-67> 電子音楽とミュージック・コンクレート、独奏者付き|シュトックハウゼン音楽情報

    テープの製作期間中(1966-67)に、私は独奏者付き『ヒュムネン』の世界初演のために選んだ演奏者を電子音楽スタジオに何度も招きました:ハラルド・ボーイェ(エレクトロニウム)、ヨハネス・G・フリッチュ(エレクトリック・ヴィオラ)、ロルフ・ゲールハールとデヴィッド・ジョンソン---製作期間中の共同作業者---(タム・タム)、アロイス・コンタルスキー(ピアノ)。私は彼らのために『ヒュムネン』のテープを演奏して電子音楽とミュージック・コンクレートへの独奏者による「特徴付け」と「実況解説」を私がどのように思い描いているかを説明しました。私は---リハーサル期間中の指示と後の修正のみを通じて---私の製作した『ヒュムネン』への独奏者の「自由な演奏」を可能にしたかったのです。 1959-60年に私の作品『コンタクテ』で既に、私は---即興演奏シンボルを使用することを通じて---ピアノ奏者と二人の打楽器

    ヒュムネン(国歌) <1966-67> 電子音楽とミュージック・コンクレート、独奏者付き|シュトックハウゼン音楽情報
  • 古典へ興味をもった人に、もう一歩踏み込んでもらうには [『古典文学の常識を疑うⅡ』勉誠出版/2019]|ふじちょうのヨモ

    古典へ興味をもった人に、もう一歩踏み込んでもらうには [『古典文学の常識を疑うⅡ』勉誠出版/2019] 内容紹介 「令和」は日的な年号か? AIで『竹取物語』を読むと何がわかるのか? 『平家物語』の作者を突き止めることはできるのか? 江戸時代の人々は怪異を信じていたのか? 三島由紀夫は古典をどう小説に生かしたか? 定説を塗りかえる57のトピックスを提示。通時的・共時的・学際的な視点から文学史に斬り込む! 古典文学にある疑惑の「常識」を各時代の専門家が批判・解説するという前著『古典文学の常識を問う』(2017)の続編。そもそも「古典文学の常識」とは何を指しているのかという前著での説明不足が前書きでフォローされていた。 書でいう「常識」とは、決定的な証明がなされていないのにもかかわらず、学会で流通している「説」をいう。ここで「常識」と言っているのは、かつての教科書に載っていた「常識」が実は

    古典へ興味をもった人に、もう一歩踏み込んでもらうには [『古典文学の常識を疑うⅡ』勉誠出版/2019]|ふじちょうのヨモ
  • バルトークからみたドビュッシー――演奏の不自由さについて|新野見卓也 Takuya Niinomi

    バルトーク・ベーラのある時期の作品を演奏するには、不自由さと向き合わなければならない。それはバルトークが楽譜に書き込んだ指示の多さに由来する。演奏が再現芸術である以上、それは楽譜に従うことを原則とする。そうであるならば指示が多いほどに、解釈の自由度は狭められることになる。もちろん再現と言う語の含意は時代や立場によって異なる。だがそれをひとまず措くなら、概して書き込まれたものの緻密さと自由度とは反比例の関係にあると言える。 その不自由さのひとつの例を、8つの民謡編曲からなる《ハンガリー農民歌にもとづく即興曲》(1920)にみることができる。同時期に書かれた練習曲集(1918)やヴァイオリンとピアノのためのふたつのソナタ(1921)と同様、同曲集は作曲家の初期作品からあの1926年の傑作群(ピアノ・ソナタ、《戸外にて》、ピアノ協奏曲第1番)への飛躍を予期させるような野心的な作品である。メトロノ

    バルトークからみたドビュッシー――演奏の不自由さについて|新野見卓也 Takuya Niinomi
  • 岡田拓郎のこと。そのルーツと人|Ta_Utah(タユタ)

    はじめに 岡田拓郎。この生粋の音楽家/ギタリスト(…時に文筆家でもある)は、デビューしてから10年ほどのコンパクトなキャリアの中で、綺羅星のような珠玉の作品たちを世に送り出し、また、今を映した時代の音楽の探求者として、誠実な葛藤を続けてきた稀有な存在だ。エリック・クラプトンやデュアン・オールマンといった、在りし日のギター・ヒーローたちをルーツに持ちながら、はっぴいえんどを端に発する日語でのメロディーと作詞の融和性/調和性へこだわり、ジム・オルークを通して出会った数々の実験音楽/インプロ/アンビエント/ノイズなどの『非音楽音楽』へのアプローチなど、彼の華奢で繊細な指先から紡ぎ出されるうつくしいフレーズとそれを取り巻くアトモスフェリックなアンサンブルには、多様で幾重にも折り重なった複合的な音楽背景が見え隠れする。森は生きている〜ソロ〜サポート/プロデュース活動などを通底して流れる、たとえそ

    岡田拓郎のこと。そのルーツと人|Ta_Utah(タユタ)
  • 20世紀のマーラー、21世紀のマーラー:再び空間性から時間性へ|山崎与次兵衛

    マーラーの音楽が新ウィーン楽派以降、20世紀の音楽において、どのように受容されてきたかを俯瞰した文章を 改めて読み返し、20世紀の音楽そのものを思い起こし、その上でマーラーの音楽における最も重要と自分が考えてきた 側面を改めて振り返ってみると、何故、マーラーの音楽を過去のものとして用済みにできないのか、それ以前の音楽にも、 その後の音楽にも私が見出せない、そればかりか、音楽以外のものに見出せず、それゆえ繰り返しマーラーの音楽に 立ち戻らずにはいられない理由に思い当たる。そしてマーラーを聴き始めた35年前の中学生になったばかりの自分には ただちに自覚できたわけではないにせよ、程なくして関心の領域として自ら設定した枠組みが、結局のところその理由と 正確に対応することに改めて気付くことになる。約10ヶ月近い中断を経て、改めてマーラーの音楽に立ち戻った途端に、 突然、自分がしてきたことを基底で支え

    20世紀のマーラー、21世紀のマーラー:再び空間性から時間性へ|山崎与次兵衛
  • HIP論 |ヘインズ 『古楽の終焉』|Marcel Swann

    批判的であるよりも、人間的であってほしいものです。 そうすればあなた自身の喜びもいやますことでしょう。 ドメニコ・スカルラッティHIPとピリオド演奏についてクラシック音楽には、演奏様式の一つとして「ピリオド」と呼ばれるジャンルがあります。ピリオドとは、歴史上の特定の時期に用いられていた表現を、歴史学的・考古学的な方法を通じて現代に再現しようとする試みを指します。 音楽において、これは廃れた当時の楽器を再現し、その演奏方法を史料から解明し、作曲家たちが生きた時代の表現を忠実に再現することを意味します。こうした再現された楽器は「ピリオド楽器」、その演奏は「ピリオド演奏」と呼ばれます。また、この演奏様式全体を指す総称として「ピリオド」という語が使われることもあります。 ピリオド演奏は当初、バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディといった作曲家によるバロック音楽やそれ以前の音楽を主なレパートリーとしていま

    HIP論 |ヘインズ 『古楽の終焉』|Marcel Swann
  • 戦前のマーラー演奏の記録を聴く|山崎与次兵衛

    マーラーの音楽が今日かくも普及することについてLPレコードやCDといった録音媒体の発達の寄与があったという主張が、とりわけ音楽社会学といった 研究領域の研究者からよく聞かれるのは周知のことであろう。だがマーラーその人は1911年に没しているため自作自演といえば、ピアノロールに遺された 歌曲3曲(うち1曲は第4交響曲のフィナーレである「天上の生活」)と第5交響曲の第1楽章のピアノ演奏しかない。否、時代を代表する指揮者でありながら、 自作自演のみならず、一般に指揮者としての演奏記録は残されていないようだ。 その一方で生前のマーラーを知る人による演奏記録は少なからず遺されている。その代表は恐らくヴァルターとクレンペラーということになるのだろうが、 それは第二次世界大戦後、録音技術が飛躍的に向上して以降も彼等が演奏活動を続け、今日でも特に「歴史的録音」としてでなく、多くの選択肢の中の 一つとして彼

    戦前のマーラー演奏の記録を聴く|山崎与次兵衛
  • メンゲルベルクの第4交響曲演奏を聴いて|山崎与次兵衛

    メンゲルベルクが1939年9月にアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮した第4交響曲の演奏の記録が残っている。フィナーレのソプラノは ジョー・ヴィンセント。当然モノラルだし、音質も細かいニュアンスを聴き取るのには些か辛いくらいのものだが、終演後の拍手も収められたコンサートの ライブ録音であり、演奏が持っていたであろう雰囲気は読み取れるように思えるし、コンサートホールの空気もまた、ある程度は感じ取ることができる。 マーラーに関する伝記的な書物を読んだことがある人なら、メンゲルベルクが生前のマーラーに如何に信頼されていたかは周知のことだろうし、没後の1920年5月には自らの コンセルトヘボウ管弦楽団指揮者就任の25周年を記念して「マーラー祭」を開催し、全管弦楽曲を次々と演奏したということもまたよく知られているだろう。 第4交響曲ということでいえば、アルマの回想録にも休憩を挟んで第4交響

    メンゲルベルクの第4交響曲演奏を聴いて|山崎与次兵衛
  • ラヴェル『ボレロ』のテンポは♩=66、そしてトスカニーニ事件…|日本モーリス・ラヴェル友の会

    ラヴェルの人気曲『ボレロ』は、三拍子で小太鼓が一定のリズムを刻み、テンポも変わらず進む音楽です。初演後に出版されてきましたデュラン社のスコアは、現在テンポはメトロノーム記号♩=72 として表記されています。 しかしこのテンポには紆余曲折があります。 ラヴェルがダンサーのイダ・ルビンシュタインの委嘱のもと作曲し彼女のバレエ団の演奏用に書いた自筆譜(1928年、アメリカ・ニューヨーク、モーガン図書館・博物館所蔵 ロバート・オウェン・レーマン・コレクション)には、具体的なテンポ指示はラヴェル自身は書き込んでいませんでしたが、後にラヴェルの楽譜編集者であったリュシアン・ガルバンによって Tempo di Bolero, moderato assai(ボレロのテンポ、モデラート・アッサイ)のテンポ指示とメトロノーム記号 ♩=76 が鉛筆書きされました。なおこのテンポ指示について、ラヴェルは「,(カン

    ラヴェル『ボレロ』のテンポは♩=66、そしてトスカニーニ事件…|日本モーリス・ラヴェル友の会
  • アントン・ブルックナー|山崎与次兵衛

    I.ブルックナーは私にとって不可解な存在である。方言周圏論とのアナロジーではないが、田舎の教師の子供として生まれ、父親の死にともなって 修道院学校の給費生となったその生い立ちからか、同時代の「人と音楽」の関係が単純には当て嵌まらないというのがまずある。奇矯な伝説を 除いてしまえばひどく退屈な伝記的事実、そしてそこから窺えるその気質や性格とその音楽との間の懸隔は戸惑うほどに大きい。しかもその懸隔は 一般にはあまり問題にされることはないらしく、その証拠に未だに書簡の翻訳すら存在しない。ことブルックナーに関しては音楽だけが一人歩きして いるようにさえ見える。その程度は古典派やバロック時代の作曲家と同等か、あるいはその音楽の個性を思えばそれ以上かも知れない。 その音楽についてもそうだ。宗教性が言われながら、彼はある時期以降は交響曲というジャンルに拘り続けた。要するにそれは典礼のための音楽ではない。

    アントン・ブルックナー|山崎与次兵衛
  • 「この新たな芸術——空間に描くこと」解説:ロザリンド・E・クラウス『アヴァンギャルドのオリジナリティ』入門|しばやま

    「この新たな芸術——空間に描くこと」はフリオ・ゴンサレス論です。そしてその主張は、1920年代・30年代の美術界には模倣/抽象の対立があったが、そのなかでゴンサレスの彫刻は非模倣的かつ非抽象的であるというものです。 以下では、この主張の内実を解説します。 *** クラウスは、ゴンサレスの交友関係に言及しつつ、「彼は抽象をめぐる論争——自然の物質的領域を打倒する道具としての、そして純粋精神あるいは純粋知性の主権を確立する手段としての抽象についての論争——の中心にいた」と言います。つまり、彼は先にあげた二項対立でいうところの「抽象」を志す人々——そのなかでもっともよく知られている人物はピート・モンドリアンです——に囲まれていたということです。 しかしそれでも、「抽象はゴンサレスを納得させもしなければ、彼の関心を引くこともなかった」ようです。 彼は数学の精神は冷淡で不快であることに気づき、そして

    「この新たな芸術——空間に描くこと」解説:ロザリンド・E・クラウス『アヴァンギャルドのオリジナリティ』入門|しばやま
  • 「毟」は「毛を少なくする」ではない?|白玉庵

    はじめに 今まで国字として扱われてきた字が、実は国字ではなかったというケースはいくつかあるが、今回取り上げる「毟」もその可能性のある字である。「毟」は「むし-る」と読み、その無慈悲な見た目のインパクトから、特に漢字が得意ではないが知っているという人も多いだろう。 「毟」と「芼」について 一般的には「毟」は国字、つまり日でつくられた擬似漢字であって、字源に言及される際には、「毛」を「少」なくすることを表す会意的なものだと言われることが多い。以下の如きである。 ただ、夙に『漢訳日語大辞典』(1907)が「毟則芼之誤歟」と指摘するように、この字は「芼」という漢字の訛変である可能性がある。 新智社 編『漢訳日語大辞典』 (https://lab.ndl.go.jp/dl/book/862741?) 「芼」は従艸毛声の形声字で、『説文』に「艸覆蔓」とあり、義は「草が蔓延る」だと思われるが、それと

    「毟」は「毛を少なくする」ではない?|白玉庵
  • 「さす九」ということばに九州出身の私が思うこと|∠まつおかあおい

    この記事は「性差別を批判する文脈であっても,個人を出身地に結びつけて差別してはならない。差別是正のために他の差別を重ねることはよくない。」ということを言いたくて書きました。 1. 最近のSNS上で見られる「さす九」ということばネット上では「九州男児激やばエピソード」とでも称すべきエピソードがたびたびバズるようになっています。 内容の多くは,九州出身の男性から男尊女卑的思考が背景にある差別的な言動を受けたというものです。 そして,やや異なった構造の投稿もTwitterで見られるようになりました。 それは,「男尊女卑的な言動をする人の出身地を聞いたら九州出身でお察し」や,性犯罪,セクハラを報じるツイートに対して「犯人見たら九州出身者でさすが九州」といったツイートです。 「さすが九州」を略した「さす九」という言葉は,九州出身者が男尊女卑的な行動をした場合に揶揄するスラングとしてTwitterでよ

    「さす九」ということばに九州出身の私が思うこと|∠まつおかあおい
  • 明治維新後の対外戦争「日清戦争」で制海権を奪った「黄海海戦」の記録本、凄惨な戦闘を正確に伝え発禁本に|信州戦争資料センター(まだ施設は無い…)

    明治維新を経た大日帝国は、「脱亜入欧」の政治方針から、国防上経済上の理由によって朝鮮半島政府の傀儡化を目指します。これに対峙したのが当時の清国です。満州民族により初めて中国を統一した「眠れる獅子」清国との直接対決に備え、日は海軍の整備を進めます。清国もアヘン戦争で海軍力の必要を痛感し、やはり近代海軍の整備を進めており、中でも主力艦の定遠、鎮遠は、当時アジアで最強と呼ばれた軍艦でした。 こうした強敵に対抗するため、日海軍が主力とたのんだのが、定遠の30・5㌢砲(4門)を上回る32㌢砲を1門搭載した松島、厳島、橋立の3隻でした。巨砲は清が上回ったものの、日は速力と速射にすぐれた砲多数を装備していたのが優位でした。これが「富国強兵」の成果でした。 日清戦争の宣戦布告は1894(明治27)年8月1日ですが、実際の戦闘は7月から始まっていました。開戦経緯もいろんなことがあり、いずれとり上げた

    明治維新後の対外戦争「日清戦争」で制海権を奪った「黄海海戦」の記録本、凄惨な戦闘を正確に伝え発禁本に|信州戦争資料センター(まだ施設は無い…)
  • マルセル・ビアンキと灰田晴彦・勝彦兄弟:フレンチ・ハワイアンとジャパニーズ・ハワイアン|壷中天

    幼児から小学校にかけて、日ではマンボなどのラテンとハワイアンが非常に盛んで、ロカビリーなどより身近な音楽だった。 ◎「日的に訛った音楽」?それは60年代なかばのビリー・ヴォーン・オーケストラ「真珠貝の歌 Pearly Shells」の爆発的ヒットまでつづいた(アメリカでは1960年にバール・アイヴズ盤がマイナー・ヒットした。日では数年遅れて異なるヴァージョンがヒットしたことになる)。 長じて、エスニック・ミュージックの紹介が盛んになったころ、ギャビー・パヒヌイ・バンドのハワイアン・スラック・キー・ギターというものを聴かされた。 ギャビー・パヒヌイのアルバムは、わたしが知っているハワイアンより、アメリカのルーツ・ミュージックに近い、非常に地味なものだったので、へえ、これがハワイの音楽なのかよ、と驚いたら、わたしが知っている「ハワイアン」というのは偽物、常磐ハワイアン・センターのBGM

    マルセル・ビアンキと灰田晴彦・勝彦兄弟:フレンチ・ハワイアンとジャパニーズ・ハワイアン|壷中天