二村 一夫 人生の転機に、一度ならず二度三度と決定的な影響を受けた人について語るのは、その人より自分自身について多くを言うことになる。しかし、それ抜きに先生の思い出を書くことは出来そうもないので、私ごとが多くなるのをお許しいただきたい。 あの『歴史と民族の発見』が刊行されたのは私が大学に入った年の3月であった。そこに収められた一編一編に深い感銘を受け、進学のコースを決めるとき迷わず国史学科にしたのもそのためであった。ただ、すでに歌声運動などというものに深入りしていたから、国民的歴史学の運動に加わった経験はない。しかし、その後研究テーマを決めるときに、この本は小さからぬ意味をもった。また〈敵手の偉大さ〉について教えられたことは、常に論敵を設定して研究を進める傾向として、いまだに痕跡を残している。 進学した国史学科はまったく期待に反した。勉強したい近代史の講義がひとつもなかったのである。もっと