私は長い間リバタリアン「ムーブメント」を追ってきたが、今やリバタリアニズムが(少なくとも流入者の点で)ほとんど空洞化してしまったと考えるようになった。一部の人々はロン・ポール主義やオルタナ右翼の方向に向かい、また別の、よりインテリな人々は同じ場所に留まって活動しているが、新しい支持者を惹きつけられていない。1つの理由は、旧式のリバタリアニズムでは多くの大問題(特に気候変動)が解決できない、あるいは首尾よく対処することすらできないと思われるからだ。もう1つの理由は、賢い人々はインターネットにいるが、インターネットは、少なくとも賢く好奇心旺盛な人々にとって、総合的で折衷的な見解を促すように働くだろうからだ。1970年代の大衆文化と違って、インターネットは「大文字のリバタリアニズム」を広げていく傾向にない。そしてなにより、狭い意味でのリバタリアン的見解からの流出は深刻だ。そのほとんどは、教育を受
