避難所全て閉鎖 南三陸町と東松島市 避難所が閉鎖となる日を迎え、荷物をまとめる工藤さん=南三陸町志津川の南三陸ホテル観洋 衣類などが入った段ボールを運び出す住民ら=東松島市の大曲地区センター 東日本大震災から半年になるのを前に、宮城県南三陸町内と東松島市内の避難所が31日、全て閉鎖された。県災害対策本部によると、県内では依然、石巻市、気仙沼市など15市町に計138カ所の避難所があり、約3700人の被災者が生活している。 南三陸町内で最後の1カ所となっていた志津川の南三陸ホテル観洋では、住民が荷物をまとめて仮設住宅などに引っ越す作業が行われた。 同ホテルには31日時点で約60人の避難者がおり、自宅が改築中などの理由で移動できない10世帯を除きホテルを去った。 志津川十日町の自宅が流された無職工藤和子さん(74)はこの日、5月上旬から過ごした一室の荷物をまとめ、床を丁寧に雑巾掛けした。同
南三陸町志津川に仮設店舗を発見! 何もなかった 南三陸町の海に近いところに・・・ このお店を見つけて立ち寄りました。 お話を伺いました。 仮設で、6月6日から始めたそうです・・・ 電気が来たのが、8月に入ってからだったらしい・・・ 以前は、ここで、ヤマザキ Yショップをやってたらしい・・・ その跡地に、というより、その基礎の上に立てていました。 「たばこ」の旗・・・ 働く人たちには、嬉しい存在でしょうね。 アイスクリーム美味しかった! 電気が来る前は、無かったと思えば・・・更に美味しいですよね。 「どうしても・・・」 「ここで働いてくれている人たちの役に立ちたかった・・・!」 「山の上のお店では、働いてくれている人たちに、遠すぎる・・・」 「電気が最近来て・・・ 嬉しい! レジも動くんだよ!」と、おっしゃってました。 生きる力、受け身ではなくって、自分で進もうとする勢いを感じました。 しば
南三陸町長に公開質問状郵送 職員遺族 南三陸町の防災対策庁舎で、東日本大震災による津波で死亡、行方不明となった職員の遺族が結成した「南三陸町殉職職員家族会」(牧野駿代表)は29日、佐藤仁町長に当時の対応などについて公開質問状を郵送した。 質問は5項目。町の防災計画に基づき大津波警報で6メートルの津波が予想された時点で、職員に3階建ての防災対策庁舎からの避難指示を出さなかった理由や、合併時に取り決めた高台への町役場新庁舎建設を行わなかった理由、遺族への謝罪がない点などについて、9月5日までの回答を佐藤町長に求めた。 佐藤町長は29日の定例記者会見で「質問状が届いたら丁寧に答えたい。庁舎に残った職員は最後まで職務を全うした。町の合同慰霊祭が終わったらご焼香に訪れたい」と話した。防災対策庁舎では屋上に逃げた30人以上の職員が犠牲になったとみられている。
東日本大震災の津波にのまれた宮城県南三陸町防災対策庁舎で、死亡・行方不明となった町職員の家族らが29日、町の対応などについての公開質問状を佐藤仁町長に郵送した。 鉄筋3階建て庁舎で20人以上の職員が死亡・行方不明で、家族らは「南三陸町殉職職員家族会」を発足させた。 質問状は、「なぜ高台に避難させなかったのか」「町が合併する際に庁舎の高台移転が条件だったのになぜ実行しなかったのか」などをただしている。佐藤町長に9月5日までに回答を求めた。 町総務課は「内容を確認した上で対応を検討したい」としている。
天気が回復してきました。 日曜の福興市まで持ってくれればいいのですが... さて、 町内で復活したお店を紹介します! 「日の出荘」 キャッチコピーは「こんどは居酒屋だよ!」になっています。 日の出荘という名前からわかるように、 震災前は民宿を経営していました。 南三陸の戸倉地区。 名勝地神割崎のすぐ近く、 目の前の海で捕れた新鮮な魚介類を提供してきました。 津波により、民宿は流失。 しかし、 商売道具の施設を失っても、 「おもてなしを提供したい」 その気持ちは失いませんでした。 志津川地区にある空き店舗を改装し、 居酒屋開店にこぎつけました。 カウンターといす席 座敷もあります。 数あるメニューの中でもおススメは、 豚バラの炙り焼き800円!! 早くも人気メニューになっています。 星さん一家のアットホームな雰囲気もいい感じです。 「居酒屋日の出荘」 住所:南三陸町志津川字沼田150-51(
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