11月5日に投票が行われるアメリカ大統領選挙。国民の主張は二分され、社会の分断が激化することが懸念されている。超大国・アメリカで顕在化する危機に迫る。
吉田:アキラちゃんのことが浮かんだ。湧き出る泉の如く出てくるすごい音楽。どうやってどこから出てくるのか。あなたはなぜこういうことができるのかって話が出来ずじまいで。 宮川:ちょうどいいタイミングだな。10~15年前の吉田鋼太郎しか知らない。人間がどういう風にかあるのか直視してみたい。なぜあんなにセリフが音楽的なのか。ああ、だからか、と納得してみたいんですよね。 死神役 ※デスノート、ミュージカルになるんだ・・デュークやるんだ伝助さん。 宮川:音域もバッチリでしたね。気持ち良さそうに歌ってた。 吉田:気持ちよかないけどね 宮川:ああ、そう。吉田鋼太郎は改めて、いいバリトン歌手。 吉田:(楽譜は)読めないからわかんない。耳で覚えて歌うしかない男だよ私はって最初から言ってる。それでもいいですと。歌は好きだからね。 宮川:歌ってる自分も好きでしょ 吉田:それは嫌いじゃない(笑)日生劇場、2千人のお
<< 前の記事 | トップページ | 次の記事 >> 2014年12月16日 (火)「歴史にドキリfeat.花燃ゆ フラワー・バーニング・スペシャル」ゲストの要潤さん・石丸幹二さんにインタビュー! 1/4(日)に、歴史にドキリ がスペシャル番組で登場します!その名も 歴史にドキリfeat.花燃ゆ フラワー・バーニング・スペシャル 。1/4午後8:00にスタートの大河ドラマ 花燃ゆ とのコラボレーションです。山口県・長州藩で運命に翻弄されながらも強い志を持って生き抜く、吉田松陰の妹・文(ふみ)を主人公にした「花燃ゆ」 。その登場人物や時代背景の特色を押さえながら、幕末の知識を楽しく身につけていきます! ★ 獅童さんに囲まれながら、楽しくクイズ!~要潤さん~ 番組を進行するのは、3年連続でMCを務める、中村獅童さんふんする“卑弥呼”。さらに、北条政子・足利義政・武田信玄・伊藤博文といった日本史
記事アクセスRANKING 『6秒間の軌跡』高橋一生“星太郎”、花火への熱い思いを吐露「刺さりまくった」【ネタバレあり】
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ゴン太くんとの名コンビで、昭和のテレビ史を彩った国民的人気番組『できるかな』。言葉を発さない、不思議な工作お兄さんとして活躍したノッポさんは5月に80歳を迎えた。30代以上にはきっと今も心に残る『できるかな』の創作秘話、そしてノッポさんの現在と温かなメッセージ。 【関連】80歳を超えても輝き続けるノッポさんのいま!フォトギャラリー 芸人・俳優として活躍した父の影響、そして「神様」というフレッド・アステアに憧れ芸の道を志したノッポさんだが、そのキャリアは悪戦苦闘。大きく道を開くことになる『なにしてあそぼう』(『できるかな』の前身番組)でノッポさん役に選ばれたのは「33か34ぐらい」だったというから遅咲きだ。 「それまで工作番組はあったけど、工作好きなおじさんがセリフ交じりで手順を説明してっていう形のものが多かった。でも“ものをこしらえるとやっぱり楽しくなるよなぁ”っていう感じにするには、やっ
番組で紹介した宇宙に関することで、特に印象に残っていることは何ですか? 『サイエンスZERO「地球外生命の大本命! 衛星タイタン」』の収録風景(提供:NHK) 土星の衛星タイタンをテーマにしたときが印象的です。タイタンには、地球と同じように川や湖があるんです。その川や湖は水ではなくメタンなんですが、タイタンを観測した探査機の写真を見ると、地球の表面にそっくりでした。タイタンには大気があるなど地球と環境が似ているので、生命体がいる可能性があると言われています。それを知ったときに、地球上で見ている世界はほんの一部で、宇宙に行ったらもっと違う生命体がいたり、見たことのない世界が広がっているんだなあって思って。それを想像したら、とても楽しくなりました。 地球外生命に関心があるのですね。 そうですね。小さい頃から、漫画や映画で宇宙人を見て、勝手に想像してるので(笑)。宇宙人といって思い浮かぶのは、映
横山 だいすけ さん(よこやま だいすけ) YOKOYAMA Daisuke 11代目うたのお兄さん 千葉県出身。2006年に国立音楽大学音楽学部声楽学科を卒業。幼い頃から歌が好きで、小学校3年生から大学卒業まで合唱を続ける。これまでに榎本潤氏、澤畑恵美氏に師事。劇団四季時代は『ライオンキング』をはじめ数々の舞台に出演。2008年4月にNHKEテレ「おかあさんといっしょ」の11代目「うたのお兄さん」となる。現在は、番組のレギュラー出演やコンサートで活躍し、子どもやお母さんの幅広い支持を集める。 11代目うたのお兄さんとして、NHKEテレ「おかあさんといっしょ」に出演中の横山だいすけさん。 番組の顔として活躍し、子どもたちに歌と元気を届ける多忙な毎日を送っている。 「うたのお兄さん」を目指すと決めたのは高校生のとき。 憧れが現実になるまでにはどのような努力があったのか。 歌との出会い
思わず口ずさみたくなるメロディー、ぬいぐるみたちが活躍する別世界。幼い頃夢中になった番組の数々に、親となって“再会”した人も多いだろう。「おかあさんといっしょ」(NHK、1959年~)に放送開始から携わり、「パジャマでおじゃま」などの名物コーナーを手がけたこの人は新人時代、初代人形劇「ブーフーウー」の子ブタのぬいぐるみ修繕係だった。 「ウレタン素材のない時代。竹かごにゴムを張った特注品で、毎日、スタジオの隅で外れた竹を接着剤で止め直していました。大道具さんが『めげずに頑張れよ』ってね」 そして高度経済成長を経た70年代後半。チーフプロデューサーに就任した頃に、幼児番組は転換期を迎えた。それまでの視聴者層は幼稚園や保育園に行かない3~5歳児だったが、通園児の比率が急上昇。「2歳ぐらいの子が見るようになった。誰とどういう状況でテレビの前にいるのかを洗い直し、演出法を変えなければ」と考えたという
トレードマークの赤い帽子と丸メガネは現在、3代目だそう。 「初代のメガネは棺桶に入てくれって、カミさんに頼んでるんだよ」とわくわくさん。 今年3月、23年の歴史に幕を閉じたNHK・Eテレ(教育テレビ)の工作番組『つくってあそぼ』。“わくわくさん”こと久保田雅人と熊の男の子“ゴロリ”が、身近な材料を使って工作を作る楽しさを子どもたちに伝えてきた同番組だが、放送終了が発表されるや否や、ネット民は騒然。放送終了を惜しむ声だけでなく、最終回の視聴率を上げて「わくわくさんとゴロリに有終の美を飾らせてあげよう」と呼びかける動きもあった。 それから約1カ月半、満を持してわくわくさんが民放に降臨。『有吉反省会』(日本テレビ系)にて、自身のブログでゴロリを着ぐるみ扱いしたり、実は工作はすべて造形作家が考えていたことなどを暴露してしまった件について反省したのだが、『つくってあそぼう』出演時とは異なる意外な素顔
ごきげんよう、Mr.脳だ。大丈夫か?テニス肘とかないか? さて、今回の「歴史にドキリ」インタビューは、前回の中村獅童氏から変わって、制作者側の視点からお話を聞いた。お相手は、全体の約半数の回で演出を担当している、青少年・教育番組部ディレクターの西澤道子氏だ。獅童氏、前山田健一(ヒャダイン)氏、振付稼業air:man氏(三人のプロフィールはこちら)のお三方に関する話が中心だ。それでは、どうぞ。 ディレクターの西澤道子氏とわたし(本人に絵コンテ風に似顔絵を描いてもらったんだぞ) まず、この番組はどのように立ち上がったのだろうか。 西澤:わたしがこの番組の開発に携わるようになったのは、3年前に始まった学校教育番組10分化改革の一環でした。それまで学校現場で視聴されるのは15分の番組が主流だったんですけど、45分授業の中で多くの時間を占めてしまうとのことで、10分化を望む声がたくさんありました。歴
ごきげんよう、Mr.脳だ。大丈夫か?座骨神経痛とかないか? 最近、『徒然草』を読んでいるのだが、53段に仁和時の法師についての奇談がある。要は、ふざけてツボみたいなものをかぶって踊りまくったらこれがウケにウケて、オンステージだったのだが、結局最後は抜けなくなって強引に抜いたら鼻も耳もそげてしまったというトホホなオチがつく。つまりは花見のシーズンそんなことは無いようにしておけよ、という私からのきびち〜い戒めだ。 と、古典にかぶれている私だが、Eテレの「歴史にドキリ」(毎週水曜 午前9:30-9:40/午後3:30-3:40)が面白い。歌舞伎俳優の中村獅童氏が歴史上の人物に扮し、文字通り歌って踊って歴史を教える、新感覚教育番組だ。 それでは、まずは、獅童氏のインタビューをどうぞ。そのはっちゃけっぷりに歌舞伎俳優の顔とはまた違った魅力を感じることができよう。 ◆撮影はもういっぱいいっぱい。 撮影
お父さんなら誰でも見たことのあるNHK・Eテレ(教育テレビ)の工作番組「つくってあそぼ」が、3月30日で終了する。1990年から23年間、熊の男の子「ゴロリ」とともに出演してきた「わくわくさん」ことタレント久保田雅人(51)は、あのテレビ時代劇「暴れん坊将軍」を26年演じた松平健(59)に次ぐ長い間、同じ役を演じ切った男だ。そんなわくわくさんが、はらはら、どきどきした“とっておき秘話”から、知られざる番組の“裏設定”まで語り尽くした。 「つくって――」に起用された久保田には運があった。当時、所属劇団の副座長、声優田中真弓(58)が、NHKの「おーい!はに丸」で仕事をしていた縁で、オーディションを紹介された。番組ディレクターは久保田だけを審査して「何人も見るのは面倒。1人目にしゃべらせたら面白かった」(久保田)として採用されたという。 それまでは「初めて映画に出たのはVシネマの死体役。しかも
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