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lifeとliteratureに関するhatayasanのブックマーク (5)

  • その日を摘め: 詩集『はだか』谷川俊太郎より、「さようなら」

    さようなら ぼくもういかなきゃなんない すぐいかなきゃなんない どこへいくのかわからないけど さくらなみきのしたをとおって おおどおりをしんごうでわたって いつもながめてるやまをめじるしに ひとりでいかなきゃなんない どうしてなのかしらないけど おかあさんごめんなさい おとうさんにやさしくしてあげて ぼくすききらいいわずになんでもたべる ほんもいまよりたくさんよむとおもう よるになったらほしをみる ひるはいろんなひととはなしをする そしてきっといちばんすきなものをみつける みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる だからとおくにいてもさびしくないよ ぼくもういかなきゃなんない (詩集『はだか』谷川俊太郎より) こんな詩に出会いました。 前つんのめりの、焦るリズムが、読んでいて苦しい。 少年は、「どこへいくのかわからないけど」「いかなきゃなんない」。 さ

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    hatayasan 2008/02/14
    「「どこへいくのかわからないけど」「いかなきゃなんない」。さらに、「ひとりでいかなきゃなんない」。」谷川俊太郎の詩から、2004年12月。
  • 村上春樹「ノルウェイの森」を読む: asyuu@forest

    関西地方は残暑が厳しい。静かな土曜日の始まりだ。 村上春樹「ノルウェイの森」を読了。 37歳の僕(ワタナベくん)が大学生活を振り返るシーンから始まる。 ワタナベくんは親友のキズキの自死によって「死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ」という諦観を持つ。キズキ・直子(キズキの恋人)・ワタナベというトライアングル(死んだ者も生者の中で生きるのだ)の中で、ワタナベは直子を愛するようになるが、彼女は死の方に惹かれ心を病んでいく。 いっぽう大学の同窓である緑は死を受け止め、それに圧倒されない強い女性として描かれている。我々の生に潜んでいる死の影に翻弄されることを拒否する強さだ。 「ノルウェイの森」が多くの読者の支持を得たのは,ある者はワタナベに、ある者は直子・緑に自分の姿を投射することができたからだろう。 ワタナベくんは、療養のため京都の療養所(といってもそれはコミューンのよう

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    hatayasan 2007/09/30
    「日々の残酷さはまわりだけではなく、あなた自身から発するものもある。だからこそ,きちんと生きましょう。疲れていても歯を磨き髭を剃ろう。」
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    顔に見える?最近「送水口」が気になるという話 「送水口」が気になる今日この頃 最近街中で気になる存在、それがこの「送水口」です。地上のフロアが7階以上あるビルなど、一定の条件を満たした建築物には設置が義務付けられているもので、火事が発生したフロアにただちに水を送るために使われるものです。ポンプ車…

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    hatayasan 2007/09/25
    「愛とはつまり、現在形的なものではなく、常に現在完了的に確認されるものなのだ」このあたり、まだよくわからない。
  • うん、わかった - リツエアクベバ

    わたしはジーザス・クライスト・スーパースターという古い映画が好きなのよ。 と友人に言ったのは、ほんの数日前のことだと思う。その映画に出てくる曲の歌詞の翻訳がセックスなんてくそくらえというブログにぽんと記述されていて、わたしは当に驚いた。タイミングってのはあるものだ、とも思った。 わたしはジーザス・クライスト・スーパースターという映画が好きなのよ。でも簡単には語れない。そこでそのままになっていたことが、揺り動かされて進んでいく。 その訳は、わたしを揺り動かす。揺り動かされて感想を出す。その感想に反応が出る。 たまには褒められたものも紹介しておこう/真昼からシャセイ日記(「セックスなんてくそくらえ」管理人日記) 個人的な話をすると、僕にとってあの映画はカール・アンダーソンのユダなしには語れない。 そこに記載された言葉に、わたしは「うん、わかった」と返答する。 「うん、わかった」。これは字面の

    うん、わかった - リツエアクベバ
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    hatayasan 2006/12/07
    「未熟なしかし様々なエネルギーをもっていた時代の恋人が知的障害児を生んだという話。この話に(もの書きである)彼がどんなことを思い、どんな風に感じていったのか」
  • 僕の名は正午 (セックスなんてくそくらえ)

    その名前はどこにもない時間、朝と夜の狭間、何人でもなくどこにも存在しない架空の一瞬を由来としており、僕はものを書きはじめた十八歳の頃、祖父がつけてくれたという仰々しい名を捨てて、自分をそう名づけたのだった。僕という魂が空虚そのものであり、どこにも存在しないのだとはっきりと理解したのは、日に帰ってきてからすぐのことである。帰るべき故郷というものがフィクションであると気づかざるを得ない人間というのは、ある資質に恵まれているのかもしれないが、人生のある一時期において、それが不幸なことであると思ったこともあった。だがトロツキーがかつて言ったように、故郷を持たないものこそ幸いである、なぜなら地球のあらゆる国が、彼の故郷になりうるからであるということが可能なのであれば、僕は幸福な人間であり、また子供の頃強制的に多言語環境に放り込まれることによって、結果としてほかの人間に比べてほんの少し、優れた言葉

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    hatayasan 2006/12/07
    「痛みのみが書くことを人間に強いる原動力であり、存在のもたらす埋めることのできない齟齬こそが僕に書く力を与えることを、僕は直感的に理解していた。」
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