水俣病の語り部で、2008年に69歳で亡くなった杉本栄子さん。その人生を追ったドキュメンタリー映画『のさり 杉本栄子の遺言』が完成した。なぜ今水俣病の映画を発表したのか、この作品で何を伝えようとしているのか。記録映画作家の西山正啓監督に聞いた。 ――題名の「のさり」とは、どういう意味でしょうか。 西山:「のさり」とは、水俣地方の方言で「大漁」のこと。「今日はのさったねー」などと言います。普通は良いことを表現するときに使う言葉ですが、水俣病となった杉本さんの父は、「水俣病は『のさり』と思え」と言ったそうです。初めは理解できなかったものの、数十年たってからようやくその意味がわかったと言っていました。 杉本さんは1939年、網元の娘として生まれました。’56年に水俣病が公式確認され、’59年には杉本さんの母親が水俣病を発病して伝染病隔離病棟に強制入院させられます。そのころ、水俣湾の魚を食べていた