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ブックマーク / www.flowerwild.net (9)

  • flowerwild.net - フランソワ・ミュジー インタビューvol.1

    Introduction 2003年夏、ヨーロッパでは記録的な猛暑のために各地で山火事があとを絶たなかった。そんな中、わたしたちはスイスのローザンヌから車を飛ばしてイタリア・ジェノバへと向かっていた。当時、シルヴィオ・ソルディーニ監督作品、『アガタと嵐』(2004)を撮影中であったフランソワ・ミュジー氏にインタビューするためである。撮影現場は旧市街の古い建物の中にあり、スイスの静けさとは好対照をなしている。子供の叫び声、犬の吠える音などのイタリア特有の騒がしい雰囲気に、ミュジー氏の「シレンツィオ(静かに)!」という声が響き渡る。3ヶ月にわたる撮影も終盤、スタッフにも疲れが見られ、ステディー・カムでの難しいシーンはなかなか決まらず緊張した空気がみなぎっている。 ミュジー氏は80年代以降のゴダールを語る上で欠かせないキー・パーソンのひとりである。ゴダールはスタッフに対して気難しいともいわれ、衝

  • flowerwild.net - 猫のように撮る──<br>ペドロ・コスタ インタビュー by 舩橋淳 vol.1

    Introduction ペドロ・コスタには、抑圧的な言葉がまとわりつく。それは彼の作品に対する批評に限らず、長い期間スラムで被写体と生活をともにしつつ、ローキーで撮影を進める彼自身の制作姿勢や、さらにはそうして撮り上げられた画面が湛える冷徹な美しさがいやがおうにも見るものの言葉を奪い、やたらなことでは口を開いてはならぬと緊張を強いることに起因するといおうか。人がフォードや小津、ラングと共に擁護したくなるのは、何も『血』(1989)、『溶岩の家』(1994)、『骨』(1997)の初期作品に見られた映画史的な素養や作家自身の言及によってではなく、むしろ実は『ヴァンダの家』(2000)以降の作品にも変わらず漲っているコスタらしいというしかない峻厳さが、人を慌てふためかせ、思わずフォードとか小津とか抑圧的名詞を持ち出してなんとか迎え撃とうとしてしまう、といったほうが的確に思える(これは日のみな

  • flowerwild.net - ヤン・クログスガード インタビュー<br>──『ビルマVJ 消された革命』

    Introduction ミャンマー軍事独裁国家に潜伏したビデオジャーナリスト=VJたちが撮った映像をもとに、2007年に僧侶たちが起こした革命的なデモを描いた 『ビルマVJ 消された革命』。小型デジタルカメラとインターネットという現代のメディアを武器に、顔のない映像作家たちが残した無数の映像の切れ端から、群衆蜂起の白熱が再構成される。市内の目抜き通りを取り囲むあらゆるビルディングから人々が身を乗り出し「自由を!」の声をあげる。みるみるうちにふくれあがるデモ行進の列。そして、攻撃に転じた政府たちによるおぞましい弾圧。撮影者たち自身の沸騰状態をも感じさせる映像群がそこにはある。メディアを活用した新しいジャーナリズム、新しいドキュメンタリーの可能性がここで確実に示されている。 企画を立案し、VJたちの中心人物である「ジョシュア」とともに脚を手がけたデンマークのヤン・クログスガードは、東南アジ

  • flowerwild.net - 可憐で過激な勇者たち──<br>「桃まつりpresents kiss!」を盛り上げる<br>女性監督たちの座談会

  • flowerwild.net - 失敗なき賭け<br>──ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ『ロルナの祈り』

    『ロルナの祈り』に2008年のカンヌ国際映画祭が脚賞を与えたのは、率直に言って悪くない判断なのではないか、と勝手に思っていた。賞が質を保証するというのはまやかしには違いないのだけれど、カンヌ4作連続主要賞受賞という「失敗のなさ」は、何かにつけ話の矛先が向かいがちな「社会派」的なモチーフやドキュメンタリー的と言われもする撮影手法というよりは、入念に準備されたシナリオにある、というのがこれまでの作品からの印象だったからだ。 手持ちカメラなだけにルックだけでは眼前の「出来事」を即興的に捉えたとも見えかねず、ストーリーの語り口もかなりあっさりとシンプルなので見落とされがちだが、ダルデンヌ兄弟は周到かつ繊細な演出家だ。じっさい、せりふや象徴の配置のようなテクスト内のレベルから、カメラワークと俳優たちの演技、光やカメラの選択、カット割りまで、すべてはふたりのシナリオによってコントロールされている。『

  • flowerwild.net - アピチャッポン・ウィーラセタクン インタビュー──『世紀の光』をめぐって

    アピチャッポン・ウィーラセタクンはすでに数々の国際映画祭から高い評価を得ている、1970年生まれのタイ出身の映画作家だ。東京フィルメックスでは第1回に『真昼の不思議な物体』(2000)が、第3回に『ブリスフリー・ユアーズ』(2002)が、第5回には『トロピカル・マラディ』(2004)がそれぞれコンペティションで上映され、そのうち2作品(『ブリスフリー・ユアーズ』、『トロピカル・マラディ』)がグランプリに輝くという快挙を成し遂げている。今回上映された最新作『世紀の光』(2006)は、モーツァルト生誕250年を記念した〈ニュー・クラウンド・ホープ〉プロジェクトの一環として制作された作品であり、第63回ヴェネチア国際映画祭においても多大な成功を収めたことが伝えられている。観客の映画体験に異様な揺さぶりをかける監督アピチャッポン・ウィーラセタクンに、このたび短い時間ながらもインタビューをする機会を

  • flowerwild.net - 楊導,你走了──ヤンヤンはもういない

    エドワード・ヤンこと楊徳昌が亡くなった。6月29日のことだ。第一報は香港からの外電が伝えた。ロサンゼルスのビバリーヒルズの自宅で結腸癌により死去、59歳だった。この知らせに心を痛めた台湾映画ファンが一体どのくらいいるのだろうか。 エドワード・ヤン死去のニュースが台湾でどのように伝えられたか──これについては率直に言って深く失望を覚える。台湾人にとってエドワード・ヤンは国際的な評価を得た映画監督として誇らしいが、誰も彼のことをほんとうには知らなかったのだ。死亡記事はいつどこで亡くなったのか、学歴や監督作品・受賞歴の羅列、国際的な評価。エドワード・ヤンが2005年国内メディアに答えた最後のインタビュー、高校の同級生でもある呉念真が語った学生時代の逸話、再掲。再放送を繰り返すニュースには元が何度も登場して涙を流す。 唯一、最後まで連絡を取り合っていたという瑠璃工房(ガラスアート工房)の創業者

  • flowerwild.net - 2006年、フランスにおける成瀬巳喜男の現在

  • flowerwild.net - フィリップ・ガレル インタビュー──演出家という仕事

    Introduction 2007年1月2日より東京都写真美術館で公開される『恋人たちの失われた革命』(2005)のプロモーションのために、フィリップ・ガレルが来日した。作は知られる通り、ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞に輝き、フランス国内はもとより世界各国で称賛を集めている。60年代後半以降の「実験映画」の時代を経て、序々に物語映画の枠へと回帰したガレルは、フォルムへの鋭利な感受性を少しも失うことなく、いままさに円熟の境地に達したかのようだ。豊かな経験に裏打ちされたガレルのショットにもはや「実験」や「前衛」の形容は似合わないけれど、ひとつひとつのショットには、常に瑞々しい発見があり、出会いがある。ガレルの作品は常に極めて具体的であり、一貫して「唯物的」なのだ。 この度のインタビューで実感したのも、まさにその「唯物性」である。なにしろ、あの美しいクロースアップについて質問すれば、ガレルは平

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