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ブックマーク / jun-jun1965.hatenablog.com (9)

  • 有馬頼義と澤地久枝 - jun-jun1965の日記

    澤地久枝(1930- )が元中央公論社の優秀な編集者で、三枝佐枝子のあとの『婦人公論』編集長と目されていながら、作家・有馬頼義(1918-80)とのダブル不倫がもとで退職したことは知られている。 有馬のは元芸者で、親の反対を押し切って結婚したが、そのことは長編小説『夕映えの中にいた』に描かれている。ここではが主人公で、夕子とされており、周囲の男たちは「雲」「雨」「露」「火」などの名で書かれている。これは『とはずがたり』をまねしたものだろう。そして「露」が有馬である。だがこれには続編があり、「中年の彷徨」として、『文學界』1971年1月から1972年5月まで連載され、未完で中断している。これは単行になっておらず、そこに、有馬と澤地が使った連絡用ノートの内容が書かれている。これだと、その部分の著作権が澤地にあることになる。なおここでは、有馬は睡眠薬に頼らなければ小説が書けない作家として描

    有馬頼義と澤地久枝 - jun-jun1965の日記
    kanototori
    kanototori 2017/12/09
    “有馬頼義と澤地久枝”
  • マルクス系気違い - jun-jun1965の日記

    どうやら世の中には、マルクス系気違いとでも言うべき連中がいるらしい。マルクスとかエンゲルスとかいう名前が出ると、もうそれだけでマタタビらったみたいに脳の中枢神経が麻痺して正常な論理でものを考えられなくなる奴らだ。佐藤優なんかもその一種だろう。 最近、野口佳とかいう名前で私ののアマゾンレビューを書いているやつがいて、どうも気違いっぽい、と思っていたら、塾のメルアドへメールをよこした。「野口佳こと椛沢清志」とかあるのだが、この名前で検索したら、あちこちにコメントをしていて、メルアドまでネット上にある。そこでそちらへ直メから返信したら、そっちには返事がなくてまた塾へ送ってよこした。ので削除した。塾のメルアドはそういう用途に使ってはいけないのである。 先ごろ、自分が自費出版した歴史小説を送りたいと言ってきた高堀枝裕二というのも、塾からメールをよこして、住所を教えろ、私書箱でもいいと

    マルクス系気違い - jun-jun1965の日記
  • 2009-09-04

    正岡子規の『墨汁一滴』には、明白な被差別民に対する差別的な句が載せられている。 「鶴の巣や場所もあらうに穢多の家」 という。 青空文庫では、 http://www.aozora.gr.jp/cards/000305/card1897.html 「この作品には、今日からみれば、不適切と受け取られる可能性のある表現がみられます。その旨をここに記載した上で、そのままの形で作品を公開します。(青空文庫) この作品には、被差別部落民に対する蔑称が用いられています。その旨をここに記載した上で、そのままの形で作品を公開します。(青空文庫)」 とある。しかし岩波文庫では、さらに厳重な但し書きがつけられている。 「不適切と受け取られる可能性のある」どころか、明白な差別であり、「蔑称」の問題ではなくて差別そのものである。青空文庫の但し書きは十分とは言えない。そこはさすがに岩波のほうが厳密で、これが差別そのもの

    2009-09-04
  • 東大万年講師魚返善雄の生涯 - jun-jun1965の日記

    こういう題の私家版の冊子が国会図書館にあった。魚返の郷里の日田で出されたものらしい。 (活字化のため削除) - http://d.hatena.ne.jp/ykurihara/ ボールペンがすらすら書けるのはいいことなのだが、宅急便の伝票を書く時に三枚目がすかすかになったりして困るのだが、あれはどうしたものか。私は引越しの時にヤマトにひどい目に遭わされてから日通を使っていて、これはネットから伝票をプリントできるので助かったのだが、春ごろ、にっくきJRと提携したと聞いてまたヤマトに戻した。 もう、JR東日で切符を買うだけでわしは悔し涙に暮れながら買うのである。JR東日のない東京へ行きたい。 - 高井戸図書館で、マイバッグを盗まれた。中味はカラだったし濡れていたが、僅かな隙になくなったのは、盗まれたとしか思えない。 帰路コンビニへ寄ったら、コンビニ歴史人物意外な結末』とかいうのを見つけ

    東大万年講師魚返善雄の生涯 - jun-jun1965の日記
  • 眉唾「タコ」語源説 - jun-jun1965の日記

    先日、「タコ」というのはいつから罵倒語になったのかと書いたら、こんな説があると教えてくれた人がいる。 http://blog.livedoor.jp/miwobooks/archives/850383.html (なお大野智と書いてあるが大野敏明) しかし当該書を見ても、出典が書いていない。巻末にある参考文献をいくつか当たったが見当たらない。第一、近世武士が使っていたというなら、それから近代をへている間にもっと豊富な用例があるはずだが、見たことがない。米川明彦『日俗語大辞典』には、嫌な男、不細工な男を罵っていう言葉。関西のことば、とあるが、用例が最近のものばかりで、関西語とする根拠も書いていない。牧村史陽『大阪ことば事典』にも載っていない。私の記憶では、1980年ころにビートたけしが「このタコ!」とやってから広まったものだ。 しかもこの大野説、いかにも胡散臭い。来なら当人に出典を訊くべ

    眉唾「タコ」語源説 - jun-jun1965の日記
  • マスコミの輿論操作 - jun-jun1965の日記

    マスコミが輿論操作をしているなどというのは、もう当たり前のことだが、それならそれで、それに踊らされないように用心が必要である。で、私が胡散臭く思っているのは、不二家、赤福もちである。だいたい、死んだ人はおろか、中毒を起こした人すらいないのに、マスコミのあの騒ぎようは何であるか。テレビで町行く人にインタビューしても、どうも気で怒っている人というのはあまりいなかったような気がする。「まあべるものですからねえ」程度である。それより前から「モッタイナイ」とかいう言葉をマスコミが流行語に仕立てていたので、矛盾してはいけないと思ったのか、「もったいないを言い訳にしてはいけない」などというヤラセみたいな投書まで見た。 どうもマスコミは、「こいつは悪い奴だから、叩け」というような指令を庶民に対して出している、としか思えないのである。「大連立」の時の、渡邊恒雄が仲介したとかいう話もそうで、どうせ実現し

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  • 高山宏の怖い自伝 - jun-jun1965の日記

    「超人高山宏のつくりかた」題名からして、ご乱心あそばされたか、だが、『文學界』のインタビューによれば、さすがに自分でつけたわけではないとのこと。 内容はといえば、全編戯文調で、盛んに四方田犬彦の『先生とわたし』が出てくるところから、二ヶ月程度で書き飛ばしたものと思われる。自慢および仲間褒めだらけである。 高山氏に何も意趣遺恨はないのだが、つきあう相手が悪い。中沢新一、田中優子がいるし、松岡正剛もいる。松岡氏にも遺恨はなかったのだが、「千夜千冊」で、名を兼仁という光格天皇が、来は「兼仁院」となるはずだったなどと、諡号を理解していないことを書いていたのでメールをしたが返事がなく、以後だいたい信用していない。 ジャン・スタロビンスキーという学者がいるが、高山著に「スタロバンスキー」と書いてあるので調べてみたら、「スタロビンスキーが正しい」と断言している小西嘉幸訳『自由の創出』以外はみなスタロバ

    高山宏の怖い自伝 - jun-jun1965の日記
  • 白川なにがし - jun-jun1965の日記

    白川静の『字通』が近所の図書館になかったので、他館からの取り寄せを頼むため電話して「白川静の字通」と言ったら「その白川なにがしの」と言われた。「字通」も説明しないと分からなかった。白川なにがし・・・・。文化勲章授章、ようやく嫉妬ややっかみの声も聞こえてくる白川静も、学力低下図書館員にかかっては形無しである・・・。 - 小山内薫と小栗上野介の姻戚関係について、ここに訂正がある。 http://kingendaikeizu.net/huzitatuguharu.htm 小山内富子『小山内薫』には参考文献表があるが、そこに「小山内喬『父の書斎』三省堂、一九四三年(再刊)筑摩書房、一九八九年」とある。喬は歌舞伎役者をしていた薫の三男だが、このようなはない。というのは、「『父の書斎』三省堂、一九四三年(再刊)筑摩書房、一九八九年」は、有島武郎の長男・有島行光(森雅之)の著作に関する書誌事項だか

    白川なにがし - jun-jun1965の日記
  • 日本の地名 - jun-jun1965の日記

    むかし「言論は日を動かす」という書籍のシリーズがあったが、最近は、権力者が言論を無視することを覚え、無視しても平気であることを知ってしまったので、動かさない。町村合併による新地名の創出など、言論人のほとんどすべてが批判していたのに、蛙の面に水である。 先日、いま書いている15,6世紀イングランドに関するのために、地図を作ってくれと編集者に頼んだら、参考文献を教えてくださいと言ってきたから、イングランドの地図くらいすぐ見つかるでしょう、と叱言を言った。すると、「ああ、昔の地図なので」と言われて、ああ、と思ったのだが、確かに日で15、6世紀の地図を作ろうと思ったら、今の地図ではまるで役に立たない。国名と県名は全然違うし、東京はおろか江戸さえ江戸城がかろうじてできた頃だし、大阪も名古屋も福岡も横浜もない。中世から変わっていないのは、鎌倉くらいか。それに対して、ロンドンやパリ、ローマはその当

    日本の地名 - jun-jun1965の日記
    kanototori
    kanototori 2007/03/03
    地名の点と面
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