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評論に関するkaratedouのブックマーク (154)

  • なぜこんなものが書かれたのか? 〜論理的構築の中に宿る虚無〜

    巽昌章 @kumonoaruji RTについて、とりあえずのメモ。大量死理論は、推理小説が大量死体験だけから生まれたと主張する(先行作品の影響を否定する)ものではないはず。完全に単一の原因から小説作品が生まれないことは自明の前提だろう。また、「英米流の格を書きたい」といった動機の併存も否定しないだろう。 2013-02-22 18:04:37 巽昌章 @kumonoaruji われわれは、いろんな行動をし、ものを作る。その際、意識表層にある動機と企図が、なされた行動や、出来上がった作品を完全に規定しているとは言い難い。終わってみれば「なぜこんなものができたのだろう」と首をかしげるような結果も生じうる。 2013-02-22 18:08:04 巽昌章 @kumonoaruji 少なくとも私は、『陣殺人事件』『獄門島』『刺青殺人事件』『能面殺人事件』『人形はなぜ殺される』『不連続殺人事件

    なぜこんなものが書かれたのか? 〜論理的構築の中に宿る虚無〜
  • 【再掲】「大量死理論」批判のための抜き書きとメモ。 - 移転跡地

    この随筆のはじめに書いた作家の隣組が編成されて、わたしが井上英三君にめぐりあい、井上君からカーを借覧したのはちょうどそのころのことだった。 わたしはたちまちカーのとりことなった。ヴァン・ダインやエラリー・クイーンからえられなかった何物かを、わたしはカーの作品から感得したような感がしたのだ。元来わたしはストーリー・テラーなのだ。だからヴァン・ダインやエラリー・クイーンの初期の作風では、どうしても趣味として抵触するところがあるのはやむをえない。 (中略) ところでその直後に新聞でこの報道をよんだ岡山の親戚から、家があるからぜひ疎開してくるようにとの親切な勧誘をうけた。このときそれが岡山でなく、もっとほかの地方だったら、わたしはこの勧誘を断っていたにちがいない。それが岡山だったゆえに、わたしはこの勧誘にとびついたのである。なぜならば、岡山―瀬戸内海―孤島ととっさに脳裡でむすびついてきたからなので

  • 矢野利裕のEdutainment:境界領域に立つ者のドキュメント――水道橋博士『藝人春秋』(文藝春秋)を読んで - livedoor Blog(ブログ)

    2012年12月26日 境界領域に立つ者のドキュメント――水道橋博士『藝人春秋』(文藝春秋)を読んで 話題の水道橋博士『藝人春秋』(文藝春秋)が、評判に違わず面白かった。「芸人というより、芸能界を潜入取材している感覚」としばしば語る、博士随一のルポルタージュとしてももちろん面白いが、「藝」のありかたについて、鋭く迫っている点が、僕自身が最近考えたいことともかかわっており、たいへん興味深く読んだ。自分の頭の整理もかねて、『藝人春秋』について書きたい。 * こんな言葉から。 日の芸能史は、賤民の芸能史である。/この日に現在ある諸芸能――能、狂言、歌舞伎、文楽から、漫才、浪花節、曲芸にいたるまで、それらをすべて生み出し、磨きあげて来たのは、貴族でも武士でも、学者、文化人のたぐいでもなく、つねに日の体制から外にはみ出されていた、賤民といわれるような人びとの力であった。(小沢昭一『私は河原乞

    karatedou
    karatedou 2013/02/21
    矢野利裕さんによる、素晴らしい書評。
  • 柄谷の「児童の発見」は「アイドルの発見」だった(我々はアイドルをどのようにPart.8) - kenzee観光第二レジャービル

    kenzee「最近、2冊のを読んだ」 kenzee「吉田豪のは40歳前後でサブカルの人々はになると言われるが、いかに克服したかのインタビュー集、そしてECDのは、2002年から2010年にかけてECDがいろんな雑誌とかに書いた音楽関係のコラムやエッセイ、短編小説を集めたものだ。奥付をみると2011年3月22日。まともに3.11とカブってしまい、ほとんど話題にならなかっただろう1冊。で、この2冊を続けて読んで考え込んでしまった。つまり私も38歳でサブカル方面の人なので心配になったのだ」 司会者「吉田豪のにでてくる人々も「まさか自分がになるとは、神経症とかになるとは思ってもみなかった」と言ってますね」 kenzee「で、まさにオレ自身、他人事だと思って読んでいたのだが、こんなノホホーンとしてる襲われるのがというヤツのようなのだ。最近こういうことを考える。11年前。2001年。オレ

    柄谷の「児童の発見」は「アイドルの発見」だった(我々はアイドルをどのようにPart.8) - kenzee観光第二レジャービル
  • 愛でているのは「美少女の皮を被った俺自身」

    「私モテ」の話題の流れで鍵ゲーキャラの話が出たことで、萌えキャラの大きな変化を感じた。 私は鍵ゲーのキャラについて、一般男性受けの良い『南ちゃん』のような女の子像を思い切りデフォルメした結果、 やりすぎて『純粋な白痴』になったようなものだと感じている。 「女の子には、俺ら男とは全く違う『キレイな生き物』であって欲しい」という願望があらわれていたように思う。 賢さには、ずるさや打算がついてくる。それを徹底的に排した結果が白痴化なのだと思う。 しかし00年代、欲望について生々しい女キャラが増えた。 らきすたの泉こなたはエロゲーギャルゲーが大好きなキモオタ女だし、 俺妹の桐乃はエロゲー好きの変態で、黒は厨二病全開の深刻なコミュ障だ。 萌えキャラがユーザーの内面に歩み寄った、というより同化した。 「何もかもが俺とは違うキレイな女の子」を愛でていたのが、「美少女の皮を被った俺自身」を愛でるようにな

    愛でているのは「美少女の皮を被った俺自身」
  • さば通信 : 大阪船場のラスト・エンペラー―『ぼんち』(市川崑監督、市川雷蔵主演)

  • 【ぷらちな】『LUPIN the Third ‐峰不二子という女‐』vs「ルパン」/藤津亮太のアニメ時評‐帰ってきたアニメの門 第5回

    『LUPIN the Third -峰不二子という女-』の第1話「大泥棒VS女怪盗」は、不二子とルパン三世が互いを拳銃で狙い合うシチュエーションを幾度も繰り返す。 麻薬を使う怪しげな宗教のいかがわしい教祖が、彼と彼女の狙う獲物の障害として立ちふさがるが、そこには美女を飾る花一輪といった風情で、しょせんは、引き立て役。題はあくまでも、不二子とルパンが銃を向け合うという点にある。 アニメ化から40周年を超えた『ルパン三世』の新作は、峰不二子を主人公にした前日譚。シリーズ前半は、いわゆる“ルパン一家”が形作られる前の、出会いと関係の変化に主軸を置いたエピソードが続いている。キャラクターの言動も、(不二子、五エ門、それに銭形がキャスト交代したこともあり)若々しい。ルパンと不二子が幾度も銃を向け合うのは、まさにこの前日譚の前半の主題がそこにあるからだ。 これまでもスペシャル番組の中で前日譚が試みら

  • ダイノジ大谷の「不良芸人日記」: 東野幸治さんのblog

    に私の名前が。 猛烈に恥ずかしい。が、嬉しい。 こんなのは売れるまえのオードリー若林君のblogで褒めていただいた以来の嬉しさだ (と、さりげなく自慢・・そんなことを心のよりどころにしてる俺って・・・) 私は東野幸治さんの隠れファンと書いたがそういう若手中堅芸人は当に多い。 私の周りにもよくいる。 そこで今回なぜにプロフェッショナル芸人どもが東野幸治さんにシンパシー抱いてしまうのかをみんなで討論してみた。 話は変わるが僕は友近という芸人が好きだ。 良質な笑いは良質なあるある感だと思ってて、それを見事に体感しているから。 同じ理由で劇団ひとりさんのネタも大好きだ。 実際には見たことないがこういう人いそうだな、 自分自身は感じたことないがこんな空気、 この気持ちには共感してしまうみたいなの。 デビューしてからシチュエーションコントやベタな漫才を繰り返していた自分らが 遊び半分

  • 評論とは何か、考えている。 - 静寂を待ちながら

    先日、有吉弘行さん( @ariyoshihiroiki)と中山涙(死んだ目でダブルピース、 @shindame)さんのやり取りが話題になった。 3/20深夜 有吉弘行×中山涙のやり取り R-1ぐらんぷり2012の予選に出場した中山涙(@shindame 死んだ目でダブルピース)氏。 (その経緯 http://d.hatena.ne.jp/karatedou/20120305#p1) 来年度も参加を表明した。しかし・・・ by Tarumizizou http://togetter.com/li/276778 リプライの中にお二人の信念が見え隠れし、とてもエキサイティングだった。 拝読してからずっと、「評論とは何か」について考えていた。 ちなみに、歴史的に、演者と評論が分離したのは、ごく最近のことだと思う。 活版印刷などの技術の進歩で、各種印刷物や新聞が発行され始めてから、「評論」が職業とし

    評論とは何か、考えている。 - 静寂を待ちながら
  • 日経xwoman:doors 20代からのキャリアとライフ:日経xwoman:日経xwoman

    2度の挫折越え、22歳で日人女性初の南ア公認サファリガイドに NEW キャリア 2024.02.09

    日経xwoman:doors 20代からのキャリアとライフ:日経xwoman:日経xwoman
  • 【アニメ】・「魔法の天使クリィミーマミ」第10話「ハロー キャサリン」 - ふぬけ共和国blog

    karatedou
    karatedou 2012/02/25
    80年代についての批評。かなり的確だと思う。
  • [書評]リトル・ピープルの時代(宇野常寛): 極東ブログ

    「リトル・ピープルの時代」(参照)で宇野常寛が展望する現在世界の見取り図は、理解しやすい簡素な構図で出来ている。 1948年にジョージ・オーウェルが著した「1984」(参照)の「ビッグ・ブラザーの世界」は、2009/2010年に村上春樹が「1Q84」(参照)で描いた「リトル・ピープルの時代」に変貌したということだ。では、ビッグ・ブラザーとはなにか。リトル・ピープルとはなにか。 ビッグ・ブラザー(偉大なる兄弟)は、オーウェルの脳裏ではスターリンだった。有田芳生氏の名前の由来となった「ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin)」である。同志スターリンとも呼ばれたものだった。その他に毛沢東もビッグ・ブラザーであり、金正日もそうだ。カダフィーもそうだと言ってよい。大衆の前に写真で大きく掲げらる。全体主義国家の独裁者と理解されることが多い。 だが独裁的な国家の内側では慈父として信奉される。ある

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  • 今夜はバルス祭り! 風車で解く「天空の城ラピュタ」オープニングに隠された物語とは - エキサイトニュース

    今夜はみんなで「バルス祭り」! 数ある映画作品の中でもとりわけ有名な「天空の城ラピュタ」のエンディング。でも、その反面オープニングがどんなだったかって憶えていますか? ドーラ一家の襲撃に遭遇し、逃亡劇の末に飛行船から地上に落ちて行くシータ… そこからオープニングクレジットが始まるのですが、実はオープニング曲がエンディングで流れるテーマ曲「君をのせて」と同じメロディだったりとか、意外と気づいてない方も多いのではないでしょうか。 詳しくは今夜の金曜ロードショーでぜひ確かめていただきたいのですが、そのオープニングで描かれているのが「風車と共に歩んだラピュタ王国の歴史」なんです。 編放送を前にをちょっとご紹介したいと思います。 荘厳な叙事詩を想起させるオープニングでまず登場するのが「チャスカー風車」と呼ばれる小さな風車。草思社編『風車』によると、チャスカー風車とは1634年にオランダに住むシモン

    今夜はバルス祭り! 風車で解く「天空の城ラピュタ」オープニングに隠された物語とは - エキサイトニュース
    karatedou
    karatedou 2011/12/11
    筆者はオグマナオトという方。確固とした知識と知性に裏づけられた名文。
  • アンジャッシュ児嶋の暗黒:『恋の罪』 - 冒険野郎マクガイヤー

    『恋の罪』鑑賞。 冷たい熱帯魚 [DVD] 前作『冷たい熱帯魚』は徹底した男性視点の映画だった。男性から観た女性とは何か。究極的にいえば、それはトロフィーだ。だからでんでんはフーターズ・ガールみたいな店員を自分の店にはべらせていたし、吹越満演じる主人公のクライマックスは嫁や他人の嫁を自分の支配化におくシーンとなっていた。 一方、『恋の罪』は徹底した女性視点の映画だ。 まず最初に、神楽坂恵演じる主人公の、専業主婦という学問も地位も無い女性としての立ち位置が示される。学問も地位も無い女性が自立する為にはどうすれば良いか? その究極の方法を学問も地位もある富樫真が伝授する。それを、水野美紀――学問も地位もそれなりに持っており、それなりに自立しているようにみえる女性――が語り手としてみている。作はそのような構造をとっている。 なにが凄いかって、その「女性が自立する為の究極の方法」なのだが、「セー

    アンジャッシュ児嶋の暗黒:『恋の罪』 - 冒険野郎マクガイヤー
    karatedou
    karatedou 2011/11/25
    心が躍るアンジャッシュ児嶋評(&「恋の罪」評)。絶対に観に行こうと決めた。
  • CiNii 論文 -  松本人志イズムの蔓延 : 松本人志が若い世代に与えた影響に関する一考察

    JaLC IRDB Crossref DataCite NDL NDL-Digital RUDA JDCat NINJAL CiNii Articles CiNii Books CiNii Dissertations DBpedia Nikkei BP KAKEN Integbio MDR PubMed LSDB Archive 極地研ADS 極地研学術DB 公共データカタログ ムーンショット型研究開発事業

  • 死ぬ間際に見る映画は「探偵はBARにいる」: シンジの“ほにゃらら”賛歌

    映画「探偵はBARにいる」を見た。この映画を批判するのに、電話をかけてくる女が最初から(あるいは途中で)誰かわかってしまいミステリ的な興趣を削ぐという意見があり驚いている。例えばキネマ旬報2011年10月上旬号星取り評の野村正昭氏はこんなことを書いている。 冒頭の電話の依頼主は消去法を持ち出さずとも“彼女”しか考えられず、ここが小説映画との決定的な違いであり、それを埋める配慮がもう少しあれば、ラストも鮮やかに決まっただろうと惜しまれる。ー野村正昭 原作は確かにミステリ的な側面が強いかもしれない。だがこの映画の狙いは最初から犯人当てゲームにないのは、火を見るよりも明らかだ。犯人当てゲームなら何人かあやしい女性の登場人物を増やしてミスリードを誘うようにするだろう。それをしていないということは、この作品の眼目はそこにはないということだ。 ではこの作品の眼目はどこにあるのか。この映画での悪役カト

  • モーニング娘。の道重さゆみ 毒にも薬にもなるアイドル - 花の絵

    夏に会社を移ってから生活サイクルが変わった。始業時間がこれまでより2時間早くなり、家から会社の距離も遠くなったので、7時には起きなければならない。一般的には、7時なんて早いうちに入らないのだろうが、20年近く夜型生活を送ってきた身には馴染みのない時間帯である。それでも、今のところは緊張感のおかげで起きている。夜も遅いので、体力がもつかどうか不安だ。 ある日、騒音のせいで予定より1時間も早く目が覚めた。二度寝も出来ず、朝べながら、普段は見ないテレビ番組をぼんやり見ていると、シングルのランキング速報が始まった。モーニング娘。の「この地球の平和を気で願ってるんだよ!」が出た次の週である。私はチャンネルをそのままにしておいた。が、紹介されたのは1位、3位、4位だけ。2位のモーニング娘。は出てこなかった。なぜ省略されたのかは分からない。ただ不自然な印象が残った。 数ヶ月前にも、あるニュース番

  • ぼうふら漂遊日記:ビートたけしの昭和

    『キャプテン』からの連想で『キッズ・リターン』を思い出して以来、ずっとたけしが気になって、「宝島30」創刊号の、吉田司によるインタビューや、「ナンバー」の辰吉vs薬師寺戦の号を引っ張り出して読んだりしている。 特に「宝島30」の方は、当時も格的に吉田司に興味を持つきっかけになっただけあって、「差別と暴力とマザコン」というテーマに、吉田司自身がちょっと自縄自縛気味でそれが「図式」になり過ぎてるところを割引くと、今読んでも凄く面白い。 「ヤクザは外で人の親父を自殺に追い込むようなことやってても、身内には優しいから「いい人」ってことになる」とか、「15くらいの頃はカツアゲばかりやってた」「自分みたいな育ち方してると、まわりはヤクザだらけ」とか、結果的に『キッズ・リターン』のネタ出しになったんじゃないかって話もたくさん出てくる。 「土方ってのはさ、バーなんか行って、隣にキレイなねえちゃんがいても

    ぼうふら漂遊日記:ビートたけしの昭和
  • 東武博物館のあと浅草松屋の建物を観察して、昭和6年の浅草を思う。 - 旧・日用帳(2003-2015)

    正午浅草。銀座線を田原町で下車して階段をのぼって、焼きそばの匂いがプーンとただよってくると、浅草に来たなア! と、いつもふつふつと嬉しくなる。このごろは浅草に来るのは飲酒目当てで日没時ばかりだった、昼の浅草はひさしぶりだなあと地上に出て、さらにふつふつと嬉しい。と、浅草の地に降り立つといつもそれだけで気持ちがふわふわ。テクテクと吾橋に向かって歩く途上、昼にオムライスをべて、ひと休み。無事に腹ごしらえが済んだところで、浅草松屋の前に立ち、イソイソと東武電車の改札を目指してゆく。もうすぐ、東武電車で隅田川の鉄橋を渡るあの瞬間がやってくると思うと、気が急いて仕方がないのだった。 市川崑『青春怪談』(昭和30年4月封切・日活)より。松屋前の地下鉄の出口のあたりに来ると、いつもなんとはなしにこの映画を思い出している。浅草松屋前の階段をあがって、北原三枝とその父・山村聰が地上に出ると、吾橋の手

    東武博物館のあと浅草松屋の建物を観察して、昭和6年の浅草を思う。 - 旧・日用帳(2003-2015)