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祭に関するkaworryのブックマーク (9)

  • この話題をやるとブログが炎上する:アルファルファモザイク

    大半の炎上の原因は2chねらーの突撃だし、突撃対象になるネタにもパターン系統が見えてると思う。 時勢に合わせて、一つずつ上げていって見ようか。ブログ運営者の自衛及び逆挑発という名目も兼ねて。 まずは先日突撃が散見された「亀田擁護」あたりから。

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  • 21人の弁護士に懲戒請求を求める 光市母子殺害事件 vs 有志弁護士508人 緊急アピール - 炎上blog

  • ブログで自滅する人々(第6回)〜ブログで自滅しない(?)方法

    さて、果たして「ブログで自滅しない方法」はあるのだろうか? 皆無とは言えないだろう。例えば、100人が100人、まったく異論も、文句も、因縁すらも付けようがないことだけを書いていれば、まず「自滅」の危険性はないはずだ。そして、もし、その上で多くの読者から支持されたとしたなら、あなたは今すぐ文筆業に転職するべきだ。 ブログを「読む」立場で感じる面白さは人それぞれに違うだろうが、筆者の場合はブログ主の個人的な体験、視点、情報などなど、自分の知らない世界を垣間見られるところにこそ面白さを感じている。特に日記系など、それこそプライバシーに類する話や「居酒屋でのバカ話」的なノリが面白いこともままある。 100人が100人なんの文句も付けようがなく、社会的にも非のうちどころない見解などというものは、すなわちそこで読む必要も価値もないものでしかない。「言論の多様性」などという小難しい言葉を使わなくても

  • ブログで自滅する人々(第5回)~ネットの書き込みは「発言」なのか?:デジタルARENA

    ブログ“など”に「非常識」な言動を記したことが原因で「祭られ」てしまったケースについて、周辺事情も含めて書き連ねて来た。その過程で、考えれば考えるほど、この問題があまりに多方面にわたる要素を含んでいることと、視点や立場が変えれば無限とも思える語り口が生まれることに、あらためて気付かされてしまった。 例えば、ブログに書いたことで起こったのが「祭り」ではなく、名誉毀損などの訴訟だった場合はどうか? 司法による制裁ということで納得せざるをえない点は「祭られた」場合と大きく異なるし、制裁の内容が法定範囲に留まる安心感(?)もある。 しかし、訴訟の内容しだいでは「マスコミ」によって顔写真付きの実名報道が行われかねない。結果、実生活で受けるダメージが「祭られた」場合より大きくなってしまうこともあるだろう。なにより「自滅」であることに変わりはない。 「祭り」の場合は、対象となった言動が触法行為とは言えな

  • ブログで自滅する人々(第4回)〜「祭って」いるのは誰なのか / デジタルARENA

    前回、「『祭り』が起こる原因は、あくまで祭られた側にある」という、当り前過ぎて書くのも気恥ずかくなるような事柄を記した。 しかし、特に一般の個人が「祭り」で受けるダメージの大きさを考えた時、それを「自業自得」のひとことで切り捨ててしまっていいのだろうか? といった疑問も生じる。 ということで、今回は「祭っている側」について触れてみたい。 では、いったい「祭って」いるのは誰で、その目的は何なのか? 一般的な了解として、「祭って」いるのは「2ちゃんねらー」ということになるだろう。この言葉自体は、すでに一般用語として定着している感があり、筆者も便宜的に使ってしまっている。 では、「2ちゃんねらー」とは誰のことか? もしくは何を指すのか? 「wikipedia」には、以下のように記されている。 1. 2ちゃんねるの常連ユーザー 2. 2ちゃんねるから生まれた独自の新語やAAを駆使する者をいう

  • ブログで自滅する人々(第3回)〜彼らはなぜ「祭られた」のか? / デジタルARENA

    いったんその対象となってしまったら、実生活にまで、そして未来永劫に渡って深刻なダメージを受けてしまう「祭り」。ブログサイトや日記サイトは、なぜ「祭られ」てしまうのだろうか。 いや、考えるまでもなく、原因は明らかだ。問題は「ブログ」や「Web」という仕組みではなく、「祭り」の対象となってしまった人物の言動にこそあるという、当り前すぎてあらためて書くのもはばかられるようなことにすぎないのだから。 「祭り」は、ブログや日記サイトなど、サイト主が自分の主張や見解、体験談などを記したものだけを対象に起こるわけではない。 例えば、近年に起こった「祭り」は、P2Pファイル交換ソフト「Winny」のネットワークを媒介に拡散する、通称「キンタマウイルス」などのマルウエアにひっかかったことに起因するものも多い。 これらのマルウエアは、感染症状としてデスクトップのスクリーンショットやパソコン内部の画像ファイルな

    kaworry
    kaworry 2007/05/28
    「ブログとは何か?」に対する誤解と錯覚
  • ブログで自滅する人々(第3回)〜彼らはなぜ「祭られた」のか? / デジタルARENA

    いったんその対象となってしまったら、実生活にまで、そして未来永劫に渡って深刻なダメージを受けてしまう「祭り」。ブログサイトや日記サイトは、なぜ「祭られ」てしまうのだろうか。 いや、考えるまでもなく、原因は明らかだ。問題は「ブログ」や「Web」という仕組みではなく、「祭り」の対象となってしまった人物の言動にこそあるという、当り前すぎてあらためて書くのもはばかられるようなことにすぎないのだから。 「祭り」は、ブログや日記サイトなど、サイト主が自分の主張や見解、体験談などを記したものだけを対象に起こるわけではない。 例えば、近年に起こった「祭り」は、P2Pファイル交換ソフト「Winny」のネットワークを媒介に拡散する、通称「キンタマウイルス」などのマルウエアにひっかかったことに起因するものも多い。 これらのマルウエアは、感染症状としてデスクトップのスクリーンショットやパソコン内部の画像ファイルな

  • ブログで自滅する人々(第2回)〜「祭り」はこうして進行する / デジタルARENA

    4)スレッド参加者が問題のサイトを精査し、他に問題発言や問題行動が記されていないかをチェック。発見された場合は新たな「燃料」としてスレッド上に報告される。 5)ブログサイトの場合、トラックバックやコメント、メールで意見や批判を寄せる「突撃」部隊が現われる。 ちなみに、この段階あたりで、祭られている当人は今後の対応について重要な決断を迫られることになる。応戦するか、隠蔽工作に走るか、逃亡するか、もしくは謝罪と反省の意を表明するか、だ。 応戦するのは最も愚かな行為である。「突撃」など実際の行動に及んでいる人間はそう多くはないとしても、「祭り」会場のスレッドを読んでいるだけの人まで含めれば、その参加者は万のオーダーに達しているかもしれない。それだけの人数を相手に、最後まで応戦しきれるわけがない。 また、「突撃」は自分だけではなく、知人や家族、関係者などにも大きな影響を及ぼす可能性がある。その

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