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ブックマーク / deadletter.hmc5.com (4)

  • 自縄自縛な言説について (Dead Letter Blog)

    沖縄の集団自決に関する教科書記述を巡る問題で、読売や産経などが「教科書は政治によって干渉されてはならない」などと主張している。 まさにお笑いである。先の教育法改正論議で時の文部科学省は「民主主義的な選抜プロセスを経た政治権力が教育に介入するのは不当な支配であるはずが無い(そうでない力が働くことこそ「不当な支配」だ)」と答弁してきたわけだ。当Blogではその点について批判してきた。ところで今回の「政治的干渉批判派」はその時それを痛烈に批判したのだろうか? 安倍晋三政権がこれだけ早く倒れ、その後にこれだけ方針転換がなされる事が予想できなかったのはお気の毒というより他は無い(もちろん僕も予想など出来なかったわけだけれども)。だが彼らは例えば教育法がなぜ「準憲法」とも呼ばれ「統治権力を制約する意味合いを持つ」とされてきたのか、その意味合いを全く理解していなかったことが、改めて暴露されたわけ

    kechack
    kechack 2007/10/04
    文部科学省は官僚や与党政治家による干渉は許されるが、在野の人間の干渉は許されないと言いたいんだよ。政権交代は起きないこと前提のお話ではあるが…
  • 「君主」の政治利用 (Dead Letter Blog)

    (数ヶ月前) 「立候補は日国民、誰でも自由だけど、いっときのムードや人気だけはいけない」(報道陣から「タレント候補ではダメなんでしょうか?」との質問が飛ぶと)「いろいろな例をみてもそうだ。ダメだと思いますね」 (数ヵ月後) 同党は、すでに立候補を表明している元都議で現職の保坂三蔵氏とすみ分けができるよう、組織に頼らなくても当選できるタレントなど著名人の擁立をめざしてきた。 いかにも「美しい」選挙である。

    kechack
    kechack 2007/05/19
    「タレント候補ではダメなんでしょうか?」との質問が飛ぶと「いろいろな例をみてもそうだ。ダメだと思いますね」と答えた。
  • おまえに何が分かるというのか? (Dead Letter Blog)

    死刑制度を支持する人は「自分の家族が殺されたら死刑を望む」と何とかの一つ覚えのように繰り返す。だが誓ってもいい、もしも当にあなたの家族が殺されたなら、あなたはきっと「そのような仮定のもとに死刑だけを求める(今のあなたのような)人」に強い不信感を抱くだろう。 かのニーチェを思い出させる(今手元にがないので、適当にネット上から拾ってきた)。私が同情心の持主たちを非難するのは、彼らが、恥じらいの気持ち、畏敬の念、自他の間に存する距離を忘れぬ心遣いというものを、とかく失いがちであり、同情がたちまち賤民の臭いを放って、不作法と見分けがつかなくなるからだ。最も深く、最も個人的に苦悩しているとき、その内容は他人にはほとんど知られず、窺い知れないものである。だが、苦悩する者と知られたときには、苦悩は必ず浅薄な解釈をこうむる。他人の苦悩から、その人に固有の独自なものを奪い去ってしまうということこそ、同情

  • 「ネットジャイアン」 (Dead Letter Blog)

    先日の韓国大統領盧武鉉の演説について「韓国への戦後の補償は決着済み。いまさらそれを蒸し返すのは非常識」と主張する人たちほど、小泉の靖国参拝問題では、「日人には罪はない。罪があり批判されるべきなのは一部の軍国主義者(主にA級戦犯)であり、その他の日人も中国人も同じ被害者だ」とした日中共同声明については、それを反故にするような(「A級戦犯も日の礎となった尊い英霊なのだから国を挙げて称えるべき」といった)発言をする。 国と国との約束を反故にしているという意味ではそういった「歴史修正主義者」たちも同じだと思うのだけれども、何故か韓国大統領は批判され、日の首相は(同様の理由では)批判されない。ここでも人権擁護法案の議論と同じように「ジャイアニズム」が駆動している。 弁護士の小倉秀夫さんは「ネット右翼」という言葉を用いて、それが適当でない、と批判されたのだけれども、僕はそれに代わって「ネットジ

    kechack
    kechack 2006/01/04
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