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ブックマーク / nix-in-desertis.blog.jp (168)

  • nix in desertis:高校世界史の教科書で「ニューディール」をいかに扱うか

    高校世界史深掘りシリーズ。一般にフランクリン=ローズヴェルト政権がとったニューディール(政策)はアメリカ経済を回復させ,世界恐慌からの回復を実現したというイメージを持たれていると思われる。実際にはアメリカは1937年の秋頃に再度不況に突入し,1938年には二番底を経験している。ニューディールは議会と司法の抵抗により当初の想定よりも小規模でしか実現されず,十分な効果を発揮することができなかった。司法の抵抗としてはNIRAの違憲判決が有名であろう。議会は共和党はもちろん,民主党も南部の保守派が強く抵抗した。ちょうど民主党がリベラル旋回の途上にあって,伝統的な民主党の党員と亀裂が生じていた時期と重なっていたというのは見過ごされがちであるかもしれない。結局,アメリカが世界恐慌からの完全な脱却に成功したのは第二次世界大戦による軍需拡大の貢献が大きい。 しかし,ではニューディールの歴史的意義が過大評価

  • nix in desertis:ニコ動の動画紹介 たべるんご特集(前編)

    たべるんご特集は動画が非常に多いので三部作になった。前編はブームの初期,3月上旬まで。 バチP。上半期20選選出。伝説の始まり。もう散々に分析されているが,適当にかわいい立ち絵,適度に短い再生時間,実は辻野あかりの端的な説明として完璧な歌詞,りんごろうというネタ要素とアレンジ素材としては神素材としての特性を持ち合わせていた。ゆえに最初期から流行するだろうなとは思われていたが,ここまで2020年を席巻するとは誰も思っていなかっただろう。 taiga氏。上半期20選選出。原作の良さを宣伝した最初期の二次創作というとこれだと思う。今見るとAIきりたんじゃないのが時代を感じてよい。 伯方氏。上半期20選ノミネート。これぞニコマスというむちゃくちゃな文脈の衝突事故である。 作曲:わんさかP,作詞:バチPというブームの黄金コンビ。Eテレに採用してもらおう(提案) メカP。上半期20選ノミネート。たべ

  • nix in desertis:書評:『世界哲学史』1〜4巻(ちくま新書)

    ちくま新書の全8巻の哲学史の解説書。編者は4人だが,著者は章ごとに異なり,1巻あたり10章で構成されているから10人以上の著者が参加している(これにコラムも3〜4つずつ入っていて,これも著者が異なる)。こうした著者が章ごとに異なる書籍にはありがちなことだが,コンセプトや想定読者の理解力における統一感が巻ごとで大きく異なり,それがそのまま巻ごとの読みやすさに直結している印象。「世界哲学史」という大上段なコンセプトに挑み,自らの専門分野の持つ共時性や歴史的意義にアプローチしている著者もいれば,自分の最近の論文そのままで手を加えてないじゃろという著者もいた。著者の責任なのか編者の責任なのかはわからないが,せっかくコンセプトが面白いのにもったいない不統一であると思う。 1巻「古代Ⅰ 知恵から愛知へ」 人類文明が成立してから「枢軸の時代」を通じて,紀元前1世紀頃まで。サブタイトルの通り,そもそも人類

  • nix in desertis:鳥取旅行記(伯耆大山),主に大山寺参道の魅力について

    今年の旅行旅行記は今年のうちに片付けたい,ということでいそいそと書いていく。9月の連休で鳥取県の伯耆大山に行ってきた。この9月の連休は東日が曇り空と予報されていたため,晴れを求めて西に行こうという話になり,百名山から候補地を探してここになったという形である。同行者はいつもの頬付(@hoozuki37)としいかあ(@c_shiika)。以下に説明するように,登山としても楽しかったが,それ以上に伯耆大山と大山寺参道は総合的なコンテンツにあふれる山だった。以下,順に説明していく。 伯耆大山は伯耆富士の異名もある通り,見る角度によっては単独峰になって非常に形が美しい。見る角度によっては,というのがミソで,実は地図で確認すると南東90度くらいで蒜山高原の方向に山脈が連なっていて,純粋な単独峰というわけではなかったりする。しかも富士山のような綺麗なお椀型というわけでもなく,北側はU字型に大きくえぐ

  • nix in desertis:いっそのこと今度は夢女子の日本美術史展をやってほしい(「日本美術の裏の裏」展)

    サントリー美術館の「日美術の裏の裏」展に行っていた。所蔵品展であるが,だからこそキャプションと展示構成で引きつけようという努力と創意工夫がこらされていて満足度は非常に高かった。所蔵品展だったからこそ写真撮影が自由だったのも良い。 展覧会タイトルの通り,普段に比べると随所にかなり遊びが入っていて,展示物もネタに走ってかなり珍しいものを放出していた。サントリー美術館の所蔵品展はかなり行っていて有名どころは概ね見ているので,だから一つ前の所蔵品展は回避していたのだが,今回の所蔵品展は初めて見たものも多かった。そういう棲み分けだったのだろう。展示室に入ると,円山応挙の「青楓瀑布図」がお出迎え。展示室が現実の滝の水しぶきが飛んでいるかのように飾り付けてあった。一種のインスタレーションでつかみはばっちりである。何枚かの屏風を挟んで,ミクロな調度品のゾーンへ。「ちひさきものはみなうつくし」という『枕草

  • nix in desertis:大学入学共通テストの第二日程騒動について

    ・大学入学共通テスト 来年1月16日から予定どおり実施へ 文科省(NHK) ・共通テ、校長判断で第2日程選択(共同通信) 情報を整理すると, ◯通常の共通テストは1/16-17で実施。浪人生は原則として全員こちらで受験。 ◯第二日程として1/30-31でも実施。基的には通常日程で受験できなかった人のための追試だが,現役生に限り,通常日程を回避してこちらを試に選択可能。ただし,「新型コロナウイルスによる休校等で学習が遅れたため」という理由に限られ,第二日程を試験に選択するためには所属高校の校長の許可が必要。 ◯さらに特例追試験として2/13-14でも実施。第二日程を試験として出願したが,「新型コロナウイルスに感染した」等の理由で受験できなかった人のみが受験可能。ただし,特例追試験の問題は共通テスト型ではなく,旧来のセンター試験型になる。 ということになる。つまり,現役生は第一日程を

  • nix in desertis:高校世界史でいかにリシュリューと三部会停止を記述するか

    高校世界史深掘りシリーズの小ネタ。ルイ13世の宰相といえばリシュリューであるが,ルイ13世の在位年1610〜43年,リシュリューの宰相就任は1624年である(1642年に在任のまま死去)。つまり,ルイ13世とリシュリューのコンビが組まれたのは,ルイ13世の治世33年の後半,約18年ほどであった。ルイ13世は即位時点で9歳であり,母后マリー・ド・メディシスが実権を握っていた。そのマリー・ド・メディシスが,1614-15年の(全国)三部会に聖職者代表として出席・活躍したリシュリューに目をつけて登用した。その後,ルイ13世は長じて母の専横を嫌って親政を開始したが,それでも母の寵臣だったリシュリューは追放せず,どころか宰相に引き上げた。リシュリューはマリー・ド・メディシスの寵愛ではなく,その才覚によって宮廷に留まったと言えよう。 リシュリューの事績は多岐にわたるが,高校世界史上,その一つとして挙げ

  • nix in desertis:『ホーキーベカコン』全3巻(原案:『春琴抄』,漫画:笹倉綾人)

    原案は谷崎潤一郎の『春琴抄』。ただし,よく見ると原作ではなく「原案:『春琴抄』」になっているように,大きくアレンジが入っている。あえて断言してしまうが,これは最高のリメイクである。『春琴抄』と『ホーキーベカコン』はどちらを先に読んでもいい。しかし,被虐嗜好を持つ主人公の佐助はともかく,春琴の描き方がかなり違うので,個人の好き嫌いはあれ,どちらを先に読むかで印象が変わってくると思われる。 そう,最も大きく異なるのがもう一人の主人公,春琴である。『春琴抄』の春琴は20世紀末以降の目線で言ってしまえば割とよくあるタイプの暴力系高飛車お嬢様ツンデレであって,そこに目新しさはない。昭和8年の作品に現代の目線から目新しいも何もなかろうとは思うが,『春琴抄』は加虐趣味・被虐趣味を前近代的な主従関係と重ね合わせ,文字通りの盲目的な愛に昇華させたことに焦点が当たっていて,春琴のキャラクターが作品の焦点という

  • nix in desertis:『鬼滅の刃』の話とか

    ・『鬼滅の刃』鬼舞辻無惨はジャンプ史に残るボスキャラだ DIO、カーズ、シックスに連なる“悪の系譜”を読む(Real Sound) → この記事の指摘の通り,鬼舞辻無惨の「信念の無いラスボス」っぷりは近年のジャンプの人気バトル漫画としては異例で,同情をかき消す容赦のない小物描写がある。それでいてイケメンでラスボスにふさわしい個としての強さというアンバランスさがあると,それが魅力になる。要素を盛りに盛ることで,かっこいい悪役とは信念や悪の美学を持たねばならないというテーゼを破壊した,斬新で魅力的なラスボスであった。このネット記事が出た後もまだ少しだけ鬼舞辻無惨は出番があったのだが,そこでのセリフが自分をおいて蘇生する炭治郎に対して「待ってくれ頼む」だったのがあまりにも完璧で,有終の美を飾っていた。 → それにしても『鬼滅の刃』がこれだけの人気作になるとは予想してなかった。あまりにも独特な作風

  • nix in desertis:パブリブ出版物・献本物の書評(『第二帝国』・『タタールスタンファンブック』・『ウクライナ・ファンブック』)

    パブリブから歴史系・地域紹介系の書籍が出版されると献が来るのだが,長らく積ん読にしてしまっていた。さすがに不義理だなと思って重い腰を上げ,巣ごもり期間にまとめて読んだので,紹介しておく。まず以下の3冊。 ・『第二帝国』(上・下) タイトルの通り,ドイツ帝国のあらゆる側面を著述した政治・経済だけではなく生活やスポーツ・衣服にも切り込んでいくのはいかにも伸井太一著・パブリブの出版物という感じ。ニベアが生まれたのも,アスピリンが生まれてバイエル製薬が躍進したのも,黄禍論がはやる一方で柔道が入ったのも第二帝国の時代である。アフリカ植民地もちらっと触れられているが,この2年後にそれ単体の書籍が出ることになろうとは誰も考えていなかったのであった。 個人的な話をすると,下巻の少なくない紙幅が記念碑に割かれているのが嬉しかった。ドイツ帝国は記念碑の帝国でやたらめったら記念碑・記念堂を建てている。そ

  • nix in desertis:パブリブ出版物・献本物の書評(『ピエ・ノワール列伝』・『亡命ハンガリー人列伝』・『重慶マニア』)

    パブリブから献された書籍の書評その2。『ドイツ植民地研究』は分厚すぎて今読んでいるところ。『旧ドイツ領全史』は受け取ったばかりでまだ開いてないので,この2冊はしばらくお待ち下さい。つながりが深い2冊でもあるし。 ・『ピエ・ノワール列伝』 初見時にワインの話かな? と思ったのは内緒だ。ピエ・ノワールはアルジェリアを中心とするマグレブがフランスから独立する前後の時期に,フランスに移住した植民地生まれ・育ちのフランス人の総称である。ピエ・ノワール自体は「黒い」の意味だが,それがこの人々を差すようになった経緯は不詳とのこと(書の冒頭で説明がある)。書はピエ・ノワールの中から有名人をピックアップして紹介している。代表例を挙げていくと,アルチュセール,ジャック・アタリ,アルベール・カミュ,ジャック・デリダ,イヴ・サン=ローラン,ジュスト・フォンテーヌ,メランション,ジャン・レノなど。ジュスト・

  • nix in desertis:高校世界史上で,ロシアの農奴解放令をどう説明・評価するか

    高校世界史深掘りシリーズ。まずは前置きとして,各国で産業革命が進んだ時期をその国の「産業革命期」と呼ぶ。その国で機械を用いた工場が広がり始めてから,主要な工業分野で手工業が駆逐されるまでの期間のことである。並行して国土の主要幹線を鉄道が網羅し,都市化が進み,GDP内の割合や就労者数で工業が農業を追い抜くといった現象が起き,産業革命期の終わりを「産業革命の完成」とも呼ぶ。歴史上で最初に産業革命が始まったイギリスの場合,産業革命期は1770年代〜1840年代とされ,1851年の第1回万国博覧会が産業革命の完成の象徴と言われるのはそうした事情による。 イギリスに次いで産業革命が始まった国家群がベルギー・フランス・アメリカで,やや遅れてドイツ地域である。これらの地域は産業革命期が1830年代〜1860年代(ドイツがそれぞれ10年ほど遅れる)とされる。そう,アメリカドイツは後発資主義国と言われる

  • nix in desertis:奇しくも『エーゲ海を渡る花たち』の逆コース

    ・修道院所蔵の刀剣、5000年前のものと判明 伊ベネチア(CNN) → タイトルに「5000年前のものと判明」とあるのに,文に「この合金は主に紀元前4世紀の終わりから同3世紀初めにかけて使われていたもので」とあって,どっちが正しいのかといぶかしんで原文に当たってみると,"the end of the 4th and beginning of the 3rd millennium BC" となっていたからタイトルが正しい。文の方はmillenniumを盛大に誤訳している。 → ついでに文の末尾に「修道院の記録文書の調査担当者によると、刀剣は1886年の8〜9月、トルコのトラブゾンにある同じ宗派の聖職者組織から贈り物として届けられたという。」とあるが,トラブソンとヴェネツィアで同じ宗派? となってこれも原文の該当部分を読むと,"the monastery is home to the M

  • nix in desertis:無料観覧日,ソーシャル・ディスタンスを保つのが難しそう

    アメリカの二大政党は「保守対リベラル」の構図だけで分析することはできない / 西山隆行 / アメリカ政治SYNODOS) → 相対的な社会的弱者の利益集団の連合体+いわゆるリベラル志向の人々という民主党と,それに対抗する勢力が大同団結した共和党という構図なので,いずれも党内が全く一枚岩ではない,という指摘。たとえば民主党は白人労働者と黒人・ヒスパニックはどちらも社会的弱者であるが,利益は相反するし,国会議員のレイヤーでも各法案に対して1割程度の造反が生じるという。 → 現代社会はとにかく政治に求められる視点が多様で,にもかかわらず多様な集団を無理やり何かで線引して二つの勢力に割らざるをえないのが現代の二大政党制の持つ脆弱性とは言えよう。結果として,二大勢力それぞれの内部抗争が激化し,こぼれ落ちてきた人々の心を捉えるところからサンダースだったりトランプだったりが台頭したわけで,制度の疲弊

  • nix in desertis:イギリス農業革命と産業革命を,高校世界史でどう説明するか

    高校世界史深掘りシリーズ。またしても経済史になるが,こういうネタは経済史の方が拾いやすいというのはある。18世紀後半から19世紀前半にかけて,イギリスでは産業革命が起きているが,その前段階として農業革命も起きている。 農業革命とは,狭義には農業技術の革新である。細かく言えば農具の改良や土壌改良手法の確立等もあいまって全般的に改良されたようなのだが,高校世界史上でも取り上げられる最大の革新は,三圃制農業が四輪作農法(ノーフォーク農法)に切り替わったことであった。すなわち,輪作の周期に窒素固定を行うマメ科の植物(の根粒菌)を入れることで地力の回復を早めつつ,家畜用作物も生産することができるようになった。これによって休耕地が消滅し,穀物が増産され,同時に畜産物の肥育も容易になった。近代的混合農業の始まりである。 こうした農法の切り替わりは農村のあり方に波及することになる。イギリスの農村ではそれま

  • nix in desertis:16世紀の「価格革命」を高校世界史教科書でどう説明するか

    高校世界史深堀りシリーズ。16世紀の西欧では,その世紀を通じて長期的・持続的な物価騰貴が生じ,最終的に約3〜4倍まで上昇した。これを価格革命と呼ぶ。100年間で3〜4倍では革命と呼ぶには随分と緩やかな物価騰貴であるように思われるが,この物価騰貴はその速度で歴史に残ったわけではなく,様々な影響をもたらしたがゆえに命名されたものである。その影響を高校世界史の内容に沿って列挙してみよう。 ① 当時の封建領主は永代的な固定地代を農民から徴収していたため,物価騰貴に追随できず,相対的に経済的に困窮することになった。 ② 当時の西欧の主要産業の一つに銀鉱山の経営があったが,価格革命は銀価格の下落をもたらしたため,多くの鉱山に一時的な経営破綻をもたらした。これにより没落した名家としてアウクスブルクのフッガー家が有名である。 ③ 持続的なインフレが投機ブームを生んだ。かつ,同時期の商業革命の影響により主な

  • nix in desertis:約30〜40年前の日本に「マジか……」と思うことはたまにある

    職場のヌードカレンダーは、生命保険会社が企業などにセールスに来るときに、サービス品として置いていってた。それに対して、1990年10月「行動する女たちの会」が三井生命に質問状送付。話し合いの結果、カレンダーの図柄は変更になった。その後他の生保各社にも要望書送付。これも重要な運動の成果。 — 山口智美 (@yamtom) February 6, 2020 → 環境型セクハラの典型例だったもの。たまにこういう「自分のよく知らない昭和の社会史」が出てくると,平成・令和ってよく浄化されたんだなと思う(1990年なので厳密には平成に入っているが)。当たり障りのある性的なるものが職場にある違和感は,令和の今となっては女性に限った感覚ではないだろう。男性の私でもこれは無くなってくれてよかったと思う。 → じゃあ公共の場にある萌え絵はどうなの? と言われそうだが,だからこそ(少なくともちゃんと着衣している

  • nix in desertis:高校世界史における中世・近世の「琉球王国」問題

    久々の高校世界史深堀りシリーズ。先日Twitterでこんなアンケートを取った。回答してくれた方々はありがとうございます。 ちょっと気になるので,アンケートをとってみたい。知っている人は知識で,知らない人は調べずにイメージでお答えください。 琉球王国の最盛期はいつ?(最盛期の定義が曖昧ということであれば,万国津梁の鐘の作られた時期をお答えください) — DG-Law/稲田義智 (@nix_in_desertis) June 3, 2020 正解は万国津梁の鐘の制作年が1458年なので,一番上の「1429年〜16世紀前半」が正しい。実際に琉球王国の最盛期はこの時期であるというのが一般的な認識であろう。後述の理由から正解者は少ないだろうと思っていたのでそこはあまり驚きがなかったのだが,こんなに綺麗に解答が割れたのは予想外だった。琉球王国の盛衰については,Call of Histroryさんの次の

  • nix in desertis:最近読んだもの・買ったもの(『エーゲ海を渡る花たち』完結他)

  • nix in desertis:「表現の不自由展 その後」と表現バッシングについてもう少しだけ

    ・「あいトリ」騒動は「芸術は自由に見ていい」教育の末路かもしれない(森 功次)(現代ビジネス) → すでにあいちトリエンナーレの「表現の不自由展 その後」については一筆書いているが,この記事に引っ掛けてもう少しだけ言及しておきたい。 記事には同意しかない。件に限らず,自由な解釈が許されているのと,誤読が許容されているのは全くの別物というのはこの社会に蔓延している間違った観念である。「 批評には正解はないけど間違いはある」というさる方のブコメの言い方も良い。これが芸術性の無いものならばほぼそうならないところ,小説や美術作品になると途端にこうなってしまうのは,記事のタイトルの通り,学校教育の美術で「自由な鑑賞」が過剰に強調されてきたために社会に広がってしまったものだと思う。 ただし,仮に読解が難しいもの,高い専門性が無いと読み解けないものや文脈が込み入っているものは,それを提供する側に誤