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ブックマーク / ponnsuke.hatenablog.com (287)

  • 良い評価も感謝もされない家事。「だから家事は大変だ。」 - 日々、思うこと、考えること。

    家事について(いや、家事のみならず育児についても)「簡単だ」とのネットでの投稿を時折目にする。 興味深いのに、この手の投稿は大抵どこか挑発的で、見下した表現で書かれている。 そのせいか、ついつい一言言ってしまいたくなる私だ。 先日もこんなエントリーを目にした。 人には人の得手不得手がある。キャパシティーがある。 家事が苦手で、お金を稼ぐのが得意な人もいる。 家事が苦手で、お金を稼ぐのも苦手な人もいる。 家事が得意で、お金を稼ぐのも得意な人もいる。 家事が得意で、お金を稼ぐのが苦手な人もいる。 お金を稼ぐのが苦手だからと言って、家事も苦手とする人が主に家事を担い、結果一定レベルの家事基準に達しないからと言って、 非難するのが妥当か??と聞かれたら、難しいところだ、と私個人は思ってしまう。 一般的に、 「お金を稼ぐのが苦手な人、時間の都合がつきづらく長時間まとまって働く時間が取れない人」が「主

    良い評価も感謝もされない家事。「だから家事は大変だ。」 - 日々、思うこと、考えること。
    mikiponnsuke
    mikiponnsuke 2020/06/28
    「家事を手放さないからだ。家事を抱え込むからだ」と人は言う。でも、「やる気のない相手に、指示をする。下手に出てお願いする」のもまた、人によってはそれなりにストレスである。
  • 「夫の、妻の悪口や愚痴を子供に聞かせてはいけない」 - 日々、思うこと、考えること。

    「パートナーの悪口や愚痴を子供に聞かせてはならない」との言説をしばし耳にする。 学術的にも倫理的にも、これは正しい。 幼少期に、自分の親(主に母親)から、もう片方の親の悪口や愚痴を聞かされて育った人たちからの、苦い体験談もリアルな世界でもネットの世界でもよく見聞きする。 ただ、と思う。 相手が能力的、体力的、物理的に「仕方がなかった」行為や状態に対しての悪口や愚痴は別として。 相手があえて、相手の意志で、悪意の有無は関係なく、 「倫理的に好ましくない行為」もしくは 「倫理的には全く問題ないが、子供が傷付く行為、嫌な気持になる行為、疑問に思う行為」 「倫理的にはどちらともいえないが、自分がひどく傷付いた、不快に思った行為」 についてはどうだろう。 悪口や愚痴は好ましくはないだろうが、「自分は傷付いた。不快に思った。と意思表明するのは、ありなのではないか、と思うのだ。 もっとも、その意思表明と

    「夫の、妻の悪口や愚痴を子供に聞かせてはいけない」 - 日々、思うこと、考えること。
  • 家事は育児であり、育児は家事である。 - 日々、思うこと、考えること。

    以前にも同じ趣旨の記事を書いているのだけれども。 「育児は父親もするべき。でも、家事は主婦の仕事だから、役割分担としてする必要も手伝う程度でよい」 との主張をしばし見聞きする。 私は、この主張に、非常に違和感を抱く人間の一人だ。 私個人としては「家事は育児であり、育児は家事だ」と考えている。 子供も使う日用品の在庫管理と買い出しは、家事でもあるが育児でもある。 子供もべる材の在庫管理と買い出しそうして、事作りも、家事であり育児でもある。 掃除や洗濯であっても、子供たちの健康と安全に繋がるのだから、家事である育児でもある。 専業主婦(主夫)の夫()の家事・育児について、「お金を稼ぐのも育児」であるのであれば「家事をして家の中を整え、家族の健康と安全を保つのも育児」であるのではないだろうか?? けれども、疲れていて、かつ大黒柱として働く夫(や)に、育児までならまだしも家事の手伝いを要

    家事は育児であり、育児は家事である。 - 日々、思うこと、考えること。
  • 男女共同トイレ問題。 - 日々、思うこと、考えること。

    今、トランス女性(からの性別は男性、心は女性)のトイレ等の公的利用方法について、いろいろ議論が盛んになっている。 この手の議論は、トランス女性への差別や、男性への差別に繋がりかねず、非常にセンシティブな問題だ。 私個人としても、 トランス女性の利用も認めるべきだ。 ただし、トランス女性を装っての悪意ある利用は防ぐべきだ。 とはいえ、トランス女性と悪意のある男性の区別は見た目で判断できないので、その線引きをするのは困難。 とのあいまいな意見しかない。 さて、議論の趣旨とは違うが、この話題に関連して、かつての会社員時代に経験した「男女共同トイレ問題」をふと思い出した私だ。 ちなみに、この問題も一つのきっかけとなって、私はこの会社を辞めている。 私はかつてショールームに勤めていた。客層の7割8割が男性だったのも影響してか、女性スタッフは私だけ。そのためか、トイレは3か所しかなく、お客様用の男女

    男女共同トイレ問題。 - 日々、思うこと、考えること。
  • 夫は、家事・育児をしなくていいようになっている。 - 日々、思うこと、考えること。

    いや、夫からすれば「家事・育児をできないようになっている」と表現すべきなのかもしれないけれども。 夫の中で確立された夫の生活リズム、生活習慣を間近で観察し、改めて「夫の家事・育児に対する不満」と「その不満の持っていき場所のなさ」について色々と考えてしまった。 先日の日曜日の夕方、私は吐き気を伴うに頭痛に見舞われた。偶然にも父親から用事(を貸工具を貸してして欲しいとのことだった)を電話で頼まれたため、父親に自宅に来てもらったところ、流れで子供たちを実家で預かってもらうことになった。 夜の八時ごろに両親が二人そろって車で子供たちを送ってくれたのだが、子供たちはお風呂も済ませ、夕も済ませ、さらにありがたいことに夫の分の夕まで届けてくれた。 その後、夫が帰宅したのだが、夫は事情(吐き気を伴う頭痛があり、今頭痛は落ち着いているが吐き気はある旨)を聴いたうえで、 子供たちの歯磨きや注射(我が家では

    夫は、家事・育児をしなくていいようになっている。 - 日々、思うこと、考えること。
  • 不倫は一人ではできない。 - 日々、思うこと、考えること。

    今、お笑い芸人アンジャッシュ渡部さんの不倫スキャンダルが物議をかもしている。テレビのワイドショーやネットでの情報ではあるが、不倫の詳細(相手が複数いるらしいとか、現場が多目的トイレだったらしいとか)と、渡部さんの愛家としての、イクメンとしてのプラスのイメージとのギャップが相まって、批判が相次いでいる。 ただ、個人的にちょっと気になったのは、浮気相手に対して少々同情的な声がある点だ。 「多目的トイレ」とのワードと「短時間」とのワードが「性の捌け口」との過激なワードを連想させるかららしい。渡部さんの加害性のみがフィーチャーされる形となっている。 私は渡部さんのファンではない。(個人的には、相方の小島さんのほうが好きだ)なので、彼を擁護する気持ちは1ミリも持てない。 ないが、かと言って不倫相手を擁護する気持ちも同情する気持ちも持てない。 不倫は一人ではできない。 不倫相手の立場になって考えてみ

    不倫は一人ではできない。 - 日々、思うこと、考えること。
    mikiponnsuke
    mikiponnsuke 2020/06/11
    不倫はDVやパワハラ、セクハラとは違う。一緒に仕事をしているわけでも、生活を共にしているわけでもないのであれば、「不倫相手と別れる」のが難しい理由が、男女の理由以外に私には思いつかない。
  • 「雨だから病気にならなくていいね」 - 日々、思うこと、考えること。

    雨の降るの額ほどの庭を見ていた、小学2年生の長女の言葉だ。 「雨の日って、葉っぱかピカピカ光ってきれいだから好き」 「それに、雨の日はお外に出ないから、病気(コロナ)にかからなくていいね」 と。 雨の日の美しさを感じ取る繊細な感覚を持てるようになったのに、驚きとともに成長を感じて嬉しかった。 けれどもその一方で、長女の生活の中にコロナがしっかり溶け込んでいるのに、ちょっと複雑にも思った。

    「雨だから病気にならなくていいね」 - 日々、思うこと、考えること。
  • 「子供がご飯を食べない」が悩みではなくて。 - 日々、思うこと、考えること。

    「子供がご飯をべない。好き嫌いが激しい」との悩みは、リアルの世界でもネットの世界でもよく見聞きする悩みだ。 先日も、職場で親しくなった同僚(3歳の男の子のママ)が、 「息子が白いご飯をべない」 と笑いを交えてではあるが愚痴をこぼしていた。 ふりかけごはんや、炊き込みごはん、チャーハン等にすればべるのだと言う。とは言え、毎回白米に手を加えるのは手間だし、ふりかけを常備するのもちょっとした手間だ。外出先では対処できないし、うっかり買い忘れると面倒くさくて困っているとの話だった。 この、「子供がご飯をべない。好き嫌いが激しい」との悩みには、別の悩みが隠れている。 それは、子供の健康に関する悩みであり、料理を作り準備する親の心情や都合に関する悩みだ。 「だから、子供の体重が増えない」 「だから、子供の身長が伸びない」 のであり、 「だから、何を作っていいのかわからない」 「だから、何を買っ

    「子供がご飯を食べない」が悩みではなくて。 - 日々、思うこと、考えること。
    mikiponnsuke
    mikiponnsuke 2020/06/08
    そもそも、言葉は悪いが私は「長女が好きそうか、そうでないか」を考えるのに、「そこを判断基準に」メニューを考えるのに飽きてきているのかもしれない。いや、飽きてきているのを通り越して苦痛なのかもしれない。
  • 子供を褒めてあげられた自分を褒めたい。 - 日々、思うこと、考えること。

    ささいな出来事なのだけれども。 今朝、いつものように遅刻ほぼ確定の時刻に家を出た長女が数分後、 「移動ポケット(ハンカチとティッシュが入っている)がない!!」と慌てて帰ってきた。 いつもだったら、 「どうして忘れるの!!」とか、 「遅刻しちゃうから、そのまま行きなさい!!」とか、 「どうして昨日のうちに用意しておかなかったの!!」とか、怒鳴り散らしてしまうところだったのだけれども。 今日はそこをぐっとこらえて、 「忘れ物に気が付いて偉かったね」 と褒めてあげられた。そうして、再び長女を家の前まで見送った直後「ここで怒らずに褒めてあげられて、私も偉かった!!」と自分を褒められた。 なかなかできないけれども、こういうこの積み重ねって大事だなぁ。娘たちにとっても、自分にとっても。

    子供を褒めてあげられた自分を褒めたい。 - 日々、思うこと、考えること。
  • 性的同意とか、避妊の同意とか、産む産まないの決定とか。 - 日々、思うこと、考えること。

    これは、私が人の顔色や意見、反応を気にしすぎるからこその、意見であり疑問でもあり、矛盾なのだけれども。 「子供を持つ、持たない」との選択肢は、「結婚するしない、離婚するしない」の選択肢に大いに影響を及ぼす。「価値観の違い」として法的にも適用される現実がある。 婚姻期間中の理由のないセックスレス(病気・体調不良・妊娠中・出産直後などの理由以外のセックスレス)は、法的に浮気の正当化や離婚の理由になりえる現実がある。 であるからこそ、それらの現実が「自主的でも、積極的でもない、相手に求められての性行為」に繋がり、「望まない妊娠」「消極的しか望んでいない妊娠」のきっかけになってしまう現実がある。 先日書いた記事について、コメントをいただき、改めて自分の中にある矛盾について考えさせられた私だ。 私個人の意見・偏見としては、 「女性主体の避妊に同意は必要ない」 「女性の意志による避妊や、子供を持たない

    性的同意とか、避妊の同意とか、産む産まないの決定とか。 - 日々、思うこと、考えること。
  • 「家事・育児に支障のない程度に働く」の耳障りの良さ。 - 日々、思うこと、考えること。

    結婚前、新婚当初。私はこう考えていた。 「収入が低いほうが、家事を多く担うべきである。」と。 「労働時間が短いほうが、家事を多く担うべきである。」と。 故に、こうとも考えていた。 「子供が生まれたら、収入が少なく、大きなキャリアアップが望めない職種に就いていた自分は、子供がある程度大きくなるまでは”家事・育児に支障のない程度に働く”のが、ベストなのでは。」と。 もとより、「家事・育児に支障のない程度に働く」とのフレーズは私にとって、とても耳障りが良かった。 「収入の低さ」「キャリアの貧弱さ」などのコンプレックスを「家事・育児」で薄めてくれる、優しい言葉に思えたからだ。 おまけに、正社員時代の「仕事と家事(特別、夕作り)の両立」に時折疲れを感じていた私には、とても魅力的に思えた。 けれども蓋を開けてみたらどうだろう。 私にとって働く目的はズバリ「お金」だ。けれども、家事と育児の合間にする仕

    「家事・育児に支障のない程度に働く」の耳障りの良さ。 - 日々、思うこと、考えること。
  • 「仕事だけしたい」と思った話。 - 日々、思うこと、考えること。

    いや正確には、「仕事と、自分の都合に合わせた家事・育児をしたい」なのだと思う。 出社前の家事・育児、帰宅後の家事・育児がひどくしんどく思える今日この頃の私だ。ぐずる次女をなだめながらつくづく思うのだ。特別この時期職場が忙しく早出や延長の選択肢があるのも手伝って、「この分も、働いていたらお金がもらえるんだなぁ」と。 私は、家事・育児は対価は支払われないが、ある種の労働だと思っている。体も頭も神経も使うからだ。 少なくとも、第三者に家事・育児の代行を依頼するとなれば、費やした時間に対して対価を支払う必要がある。もっとも、ある程度のクオリティも保証されるのだけれども。 私が働いている間、曜日によって両親に娘たちを見てもらっている。矛盾しているが、私は両親には対価は払っていない。いないが、「感謝」の言葉は常に伝えているし、何かの折にお菓子を差し入れたり、両親から頼まれごとがあれば快く受けるようには

    「仕事だけしたい」と思った話。 - 日々、思うこと、考えること。
  • 共同親権について、思うこと考えること。 - 日々、思うこと、考えること。

    コロナに絡めた、共同親権に関する記事を目にする機会が増えた。 共同親権に関する記事には、必ずと言っていいほど「悪意のある理由で子供を連れ去られた側の親」が登場する。おまけに連れ去られた側の親は大抵父親で、十分な育児実績を持つイクメンだ。そうして、連れ去った側の親(大抵は母親)には、虚偽DVの主張などの過失があるとされる。 一方、共同親権を疑問視する記事や意見に登場するのは「やむ得ない理由(多くの場合は夫婦間のDV)で子供を連れ去った親」が主人公だ。 故に、両者の意見は平行線をたどり交わることをしない。 もっとも、共同親権を推奨する人々にも「面前DV」や「虐待」は、子供と引き離されてしかるべき案件との認識はある、らしい。 ただ、「面前DV」には当たらない、「夫婦の間のみで完結しているDV」や「目に見えないモラハラ」「経済的DV」などは、それに当たらないとの見解だ。 さて、難しいのは何をもって

    共同親権について、思うこと考えること。 - 日々、思うこと、考えること。
  • 夫婦間における「避妊の同意」について。 - 日々、思うこと、考えること。

    多産DVという聞きなれない言葉を見つけた。 詳細を読み、「なるほど」と思った私だが、ふとこんな疑問を抱いた。 婚姻関係にない男女間での話はさておいて。夫婦間において、「相手の同意のない避妊」の是非について、だ。 たとえ夫婦であっても、「性交渉には互いの同意」が必要だとの認識が広まりつつある。 であるのであれば、避妊について、もっと言えば女性主体の避妊について相手の同意は必要なのだろうか?? 一般的な避妊方法であるコンドームは男性主体であり、目に見える形で行われる。相手に隠れてこっそり避妊するのは、よっぽどの特殊な事情がない限り難しいと考えてよいだろう。 その一方で、女性主体の避妊は男性にその事実を告げずとも行うのが可能だ。 夫にその事実を告げずに避妊薬を常用する、行為直後に避妊薬を服用する、事前に避妊具を病院にて処置してもらう等の行為に対しての是非を、私たちはどう考えべきなのだろうか??

    夫婦間における「避妊の同意」について。 - 日々、思うこと、考えること。
    mikiponnsuke
    mikiponnsuke 2020/05/24
    たとえ夫婦であっても、「性交渉には互いの同意」が必要だとの認識が広まりつつある。であるのであれば、避妊について、もっと言えば女性主体の避妊について相手の同意は必要なのだろうか??
  • 自分ができない、したくないから、相手に期待をする。 - 日々、思うこと、考えること。

    子供達の自粛生活も終わりを迎えようとしている。 今週の月曜日からは、次女の通う幼稚園が午前中までだが毎日の登園が始まり、長女の小学校は一日おき一日2時間だが登校が始まった。 来週からは、幼稚園は午後の2時までと完全に元に戻り、小学校は午前中の11時までではあるが毎日の登校が決まっている。 さて、この休校中私が一番頭を悩ませたのが、やはりというべきか長女の宿題だった。 学校からは宿題のプリントと、書き取りの新しいお手が定期的に配布されていた。それにプラスして、休校前から続けていた計算カードと教科書の読み、読書、そうして家の手伝いが日々の宿題として課されていた。 とはいえ、それらの宿題は思うように進まず、この休校中私はずっと長女に怒ってばかりだった。 ネットをのぞいたり、先輩ママの話を聞けば「親がイライラせずに、子供に勉強させる(自発的に勉強をするようになる)ためのハウツー」がたくさん転が

    自分ができない、したくないから、相手に期待をする。 - 日々、思うこと、考えること。
  • 共同親権問題「なぜ、子供を連れ去るのか??」を掘り下げる。 - 日々、思うこと、考えること。

    コロナウィルス拡大防止のための外出自粛が思わぬ副産物を生んでいるらしい。 家庭内不和が悪化し、DV、虐待が増えていると言うのだ。 外で息抜きも出来ず、助けを求めることも難しくなり、第三者の目も行き届かないゆえに、家庭内での様々なトラブルが悪化するのだろう。 ネットでも「コロナ離婚」なる造語をちらほらと目にするようになった。 さて、今の日では、離婚の際親権は母親・父親のどちらか一人(大抵は母親)しか持てない。所謂「単独親権」だ。 結果、親権を持てなかった側の親(大抵は父親)が子供との面会や交流が絶たれる、回数が極端に減る「可能性」がある。 あくまで可能性の問題である。 「単独親権」イコール、法律で、親権を持てなかった側の親が、育児に子供の進路等の各種決定に関わるのを禁じているわけでは決していない。 現に、円満離婚と言われる元夫婦の中には、今でも母と父親で協力し合って子供に関わっている元夫婦

    共同親権問題「なぜ、子供を連れ去るのか??」を掘り下げる。 - 日々、思うこと、考えること。
  • 「有意義な何か」をしなければいけない気分になる。 - 日々、思うこと、考えること。

    私だけだろうか?? 家にいると無性に、 「何か生産性のある行為をしなければいけない気分」 になるときがある。 いや正確には、 「生産性のない行為への罪悪感」 を抱くときがある。 今はネットやSNSで簡単に他所の家庭の「日常」が垣間見れるのも手伝って、ついつい「生産性のある何か」「有意義な何か」をしていない自分と比べ、落ち込んでしまう。 例え、それらの他所の家庭の「日常」が、多少脚色されているかもしれない可能性踏まえてもなお、焦り落ち込む気持ちは薄まらない。 何をもって、「生産性の有無」を判断するかは難しい。 「有意義な何か」を定義するのも難しい。 だが、ネットやテレビ友人や職場の同僚の話しや写真を見聞きするにつれ、 子供と一緒に料理や工作、手芸をする 工夫を凝らした、独創的な遊びを子供とする 料理にひと手間かける 掃除を念入りにする 断捨離をする 子供のためのハンドメイドの作品を作る(今

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  • 夫の「働きたいんでしょ」が意味するもの。 - 日々、思うこと、考えること。

    パソコンが壊れてしまった。 そのため、なかなかブログを更新できないがために、心の整理が上手く出来ない。 さて、このGWは夫の了解を得て夫の休日の半分以上仕事を入れた。 夫の負担が増えることへの申し訳なさもあるにはあった。あったが、仕事を入れなかったら入れなかったで、いつもの休日の夫の言動、 家事育児をしない、気がつかない 一人で趣味の外出をする 一人で外出した翌日や当日(深夜や早朝に帰宅する)は昼近くまで寝坊する、昼間もソファーで転寝する 一人で外出しなくとも、ソファーで転寝する(結果、家事・育児をしない、できない) が目に付いてイライラするのが目に見えていたので、思い切ってみた。 まだまだ学校や幼稚園の休校・休園も続くだろう。故に、両親の負担を減らしたいと言う気持ちもあっての決断だった。 だが、蓋を開けてみたらどうだろう。 私が仕事から帰ってきたとたん、夫はオフモードになり、結局上記の行

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  • 夫にとっての禁句、妻にとっての禁句。 - 日々、思うこと、考えること。

    ちょっと気になるニュース記事を目にした。 からの禁句に夫がキレ、を平手打ちしたところ頭の打ち所が悪くが死亡してしまった痛ましい事件だ。 上記の記事よると、「夫がキレた一言」と言うのが「あんたの稼ぎが少ないのよ――。」だったようだ。 もっとも、件の事件はコロナ云々、外出自粛は関係のない、単なる家庭内暴力(=DV)だと個人的には思っている。 コメント欄でも、お酒の席での出来事だったのも手伝って、「酒が悪い」「単なるDVだ」などの指摘や、不慮の事故扱いへの疑問を呈する声が多数上がっている。 おまけに、日頃から夫婦二人で飲み歩いていたようで、そもそも論として常からの浪費を突っ込む声もあって面白い。 さて、一般的にが夫に「稼ぎが悪い」と指摘するのは、大いなるタブーだとされる。 けれども一方で、夫がに「料理が不味い」「家が片付いていない、汚い」「子供しつけがなっていない」「子供の成績が悪い」

    夫にとっての禁句、妻にとっての禁句。 - 日々、思うこと、考えること。
    mikiponnsuke
    mikiponnsuke 2020/04/26
    役割分担として「夫の稼ぎ」の悪さを指摘するのがタブーなのであれば、「妻の家事・育児」の不手際を指摘するのもタブー視されるべきなのではないか、と個人的には思っている。
  • 「外出自粛」を支える人々。 - 日々、思うこと、考えること。

    連日コロナウィルスに関するニュースばかりがテレビや新聞紙面、ネットを賑わせている。 当初は日日々の感染者数に始まり、 専門識者の解説と警告 コロナウィルスへの対処方法(手洗い、うがい、マスクの徹底)の啓蒙 海外の感染状況の説明 海外と日の対応の比較 政府や各都道府県の対応の比較 休校処置に関する議論 等が主だったように思う。 しかし、最近は上記に加え、 マスクアルコール消毒液の不足と、代替え案の提案 「外出自粛」に関する解説と議論 政府の対応への批判 「緊急事態宣言」に関する議論 「緊急事態宣言」が国民生活に及ぼす影響に関する議論 「緊急事態宣言」に伴う政府の救済案に関する議論 が加わり、話題に事欠かない日々が続いている。 さて、「緊急事態宣言」の発令に伴い、該当都道府県に「外出自粛要請」が出されたが、この「外出自粛要請」が引き金となって(いやそれ以前にもすでにあったのだけれども)「コ

    「外出自粛」を支える人々。 - 日々、思うこと、考えること。
    mikiponnsuke
    mikiponnsuke 2020/04/11
    皮肉なのは、コロナの影響によって業務量が増えている、負担が増している人々の多くが、その負担増やリスクに見合った報酬を受け取っていないのみならず、十分なサポートもなく、おまけに差別まで受けている事実だ。