終わったことだが終わっていない。このジレンマの只中にカメラを据えた。立場も主張も異にする事件の探究者たちが、代わる代わる真実のかけらを開陳し、「終わった」と「終わっていない」が綱を引き合う。特筆すべきは、探究者たちが語る言葉のゾッとするような実在感だ。ありがちな推断、誘導、泣かせを排斥し、正義を語るに恥じない映像空間が担保されているから響くのだ。綱引きの決着はつかない。それこそが飯塚事件の真実であり、本作の志の高さを物語る。 横山秀夫作家 観ているあいだ、自分は今、とんでもない作品を観ているとの意識が、ずっと身体の内奥で駆動し続けていた。ここ数年、いや間違いなくもっと長いスパンにおいて、これほどに完成度が高く、そして強く問題を提起するドキュメンタリーは他にない。 森達也映画監督/作家 傑作という表現を使ってよいのか躊躇した。この30年間の「正義」を根底から揺さぶられてしまうのが先だからだ。
The Zone of Interest 監督ジョナサン・グレイザー/ 脚本ジョナサン・グレイザー/出演 クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー/音楽 ミカ・レヴィ タイトルの「関心領域」について私は誤解していたが、たとえば私が国際情勢に関心をもっているというとき、「私の関心領域は国際情勢です」と言ったりするかもしれないが、この映画のタイトルThe Zone of Interestというのは、そういう意味での、つまり「関心のある領域」という意味ではなかった。 ポーランドを占領したナチスが、アウシュヴィッツ強制収容所周辺の、SSが管理する40平方キロメートルの領域を指して使った言葉、ドイツ語でInteressengebiet、そのまま英語に訳すとinterest zoneでは意味が通じないからthe zone of interestとなるということか。 ここでいうinterestは、
最新作『悪は存在しない』が絶賛公開中の濱口竜介監督。そんな濱口監督の過去作の中でも傑作と名高いのが、2021年12月に公開され、第71回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞した『偶然と想像』だ。そんな本作について、社会学者・宮台真司とDos Monosの荘子itが対談。濱口竜介作品を観続けてきた2人は、『偶然と想像』に何を見出したのか。 「あるある系」の媚びを越えたもの 『偶然と想像』©2021 NEOPA/fictive 荘子it:僕は2012年に18歳で日本大学芸術学部映画学科監督コースに進学して、結局その後ドロップアウトしてラッパーになったのですが、大学1年生の頃にある出会いがありまして。今はなき映画館「オーディトリウム渋谷」で、「濱口、濱口、濱口」っていうキャッチコピーとともに若手監督・濱口竜介の特集上映をしていたんです。「濱口竜介って誰それ?」状態のまま観に行った
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『この映画を視ているのは誰か?』(作品社、2019年)収録。初稿なので単行本とは若干異同があるかもしれません。 まぶただけ開いてまだ眠ったままの目が、一瞬、見えた。それからすぐに、目は暗闇を見て、わたしを見た。良介は筋肉の反射反応のように素早く強く目をぎゅっと閉じて、それからまた開けて、わたしの両手に包まれたその顔からわたしを見た。 柴崎友香「寝ても覚めても」 したがって、見つめ合う二つの瞳に対して、映画はいつも敗北しつづけるほかはない。 蓮實重彦『監督 小津安二郎』 I 濱口竜介監督の映画『寝ても覚めても』には原作がある。そんなことはもちろん知っている、とあなたは言うだろう。ならばすぐさまこう続けよう。この映画の原作は、実は二つあるのだ。より精確に言えば、ひとつはごく真っ当な意味でのいわゆる「原作」だが(しかしその原作と映画との関係は通常のそれとはかなり異なっている)、もうひとつの方は、
『映画よさようなら』(フィルムアート社、2022年)収録。初稿データなので単行本とは一部表記が異なる可能性があります。 偶然性にあって、存在は無に直面している。 『偶然性の問題』九鬼周造 人生においては、偶然というものを考慮に入れなければならない。偶然は、つまるところ、神である。 『エピクロスの園』アナトール・フランス 1。偶然性の問題 昭和十年(一九三五年)のことなのでずいぶんと昔の話だが、横光利一が「純粋小説論」のなかで次のように書いている。 ドストエフスキイの罪と罰という小説を、今私は読みつつあるところだが、この小説には、通俗小説の概念の根柢をなすところの、偶然(一時性)ということが、実に最初から多いのである。思わぬ人物がその小説の中で、どうしても是非その場合に出現しなければ、役に立たぬと思うときあつらえ向きに、ひょっこり現れ、しかも、不意に唐突なことばかりをやるという風の、一見世人
日本人の母と英国人の父を持つ山崎エマは、程よい距離感で日本社会を見つめ、ドキュメンタリー映画として記録してきた。彼女がカメラを向けるのは、教室の掃除に励む小学生や血のにじむような練習に耐える高校球児といった教育現場だ。 そうした日本特有の厳しいしつけや伝統が社会に秩序をもたらす一方、そこには代償もあることにスポットライトを当てる山崎に、米紙「ニューヨーク・タイムズ」が話を聞いた。 人間ピラミッドの思い出 ドキュメンタリー映画監督の山崎エマ(34)には幼少期の忘れられない経験がある。自分は膝にひどい擦り傷を負い、同級生は骨折する羽目になった人間ピラミッドだ。 大阪の小学校で6年生のころ、毎年恒例の運動会で組み体操を披露するため、同級生らと何週間も前から7段の人間ピラミッドをつくる練習をした。小さな体から血も涙も流れたが、本番で成功させた達成感は計り知れず、それは「私が粘り強い努力家だと自負で
※本記事には映画『悪は存在しない』のネタバレが含まれます。 第80回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞した濱口竜介監督最新作『悪は存在しない』が4月26日(金)に日本公開されました。 長野県・水挽町。自然が豊かな高原の小さな町に、グランピング施設の建設の話が持ち上がる。政府からの助成金を目当てにプロジェクトを進めている東京の芸能事務所の社員・高橋(小坂竜士)と黛(渋谷采郁)による住民説明会に参加した人々は、町の貴重な財産である水源を汚染しかねない杜撰な計画に憤る。高橋らは、この町に代々住んでいる“なんでも屋”の巧(大美賀均)に相談を持ちかけるが──。 初の商業映画『寝ても覚めても』(18年)がいきなりカンヌ映画祭コンペティション部門に選出、2021年には長編第2作目『偶然と想像』(21年)が第71回ベルリン国際映画祭で審査員グランプリ(銀熊賞)を受賞、同年の第74回カン
昨日は映画「オッペンハイマー」を見てきました。オッペンハイマーは、言わずと知れた、マンハッタンプロジェクトのリーダー。つまり原爆開発の物語ということになります。そういうわけで、日本では公開が見送られていたわけですが、アカデミー賞受賞もあってか、遂に日本でも公開になりました。 私の本業は核抑止論ですから、早く見たかったのですが、なかなか時間を作れず、今日になってしまいました。 最近は、映画を見るにしても、普通に見るか、MX4Dで見るか、IMAXレーザーで見るか、Dolby Cinemaで見るかといった選択肢があります。「オッペンハイマー」は、冒険活劇ではなくドキュメンタリーとかノンフィクションみたいなものですから、ノーマルで見てもいいかと思っていました。 しかし、先に見た同業者たちから、「IMAXレーザーの方がいい」と聞いていたので、ノーマルではなく追加費用を払って見ようと。結局時間と場所の
第96回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞受賞『マリウポリの20日間』が4月26日(金)に公開される。公開に合わせて本作の監督・脚本・製作・撮影を務めたミスティスラフ・チェルノフ監督から戦場の惨状を告白する<STATEMENT(声明文)>が届いた。また、『福田村事件』の森達也監督ら著名人総勢11名からコメントが到着した。 命がけで撮影を敢行、決死の脱出劇の末に世界へと発信された奇跡の記録映像2022年2月、ロシアがウクライナ東部に位置するマリウポリへの侵攻を開始。これを察知したAP通信のウクライナ人記者であるミスティスラフ・チェルノフは、仲間とともに現地に向かった。ロシア軍の容赦のない攻撃による断水、食料供給や通信の遮断…。瞬く間にマリウポリは孤立していく。 海外メディアが次々と脱出していく中、彼らはロシア軍に包囲された市内に残り、死にゆく子供たちや遺体の山、産院への爆撃など、侵攻する
『悪は存在しない』あらすじ 長野県、水挽町(みずびきちょう)。自然が豊かな高原に位置し、東京からも近く、移住者は増加傾向でごく緩やかに発展している。代々そこで暮らす巧とその娘・花の暮らしは、水を汲み、薪を割るような、自然に囲まれた慎ましいものだ。しかしある日、彼らの住む近くにグランピング場を作る計画が持ち上がる。コロナ禍のあおりを受けた芸能事務所が政府からの補助金を得て計画したものだったが、森の環境や町の水源を汚しかねないずさんな計画に町内は動揺し、その余波は巧たちの生活にも及んでいく。 Index 伝説的なオープニングショット、覚醒と浸食 世界の裂け目 世界の法則を回復せよ 伝説的なオープニングショット、覚醒と浸食 『悪は存在しない』(23)を濱口竜介監督の最高傑作とすることに何一つ躊躇がない。これまでの濱口映画のエッセンスを多様に進化させつつ、ネクストレベルを見せてくれる。ほとんど事件
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「日本に来たことで、(原子爆弾の開発に携わった)自分の苦悩に変化があったとは思いません。事業の技術的成功に関与したことを後悔したこともありません。申し訳ない、と思っていないわけではないのです。昨夜よりは今夜のほうが、その気持ちが薄れているというだけで」 理論物理学者、「原爆の父」ことJ・ロバート・オッペンハイマーは、1960年9月5日、広島・長崎への原子爆弾投下後はじめて日本を訪れた。冒頭の言葉は、東京で開かれた記者会見で「原爆の開発者として来日の感想を」とコメントを求められた際の返答だ。 「広島には訪問されますか?」そう尋ねられたオッペンハイマーは、「行きたいとは思っています。しかし、実際に行くことになるかはわかりません」とも答えている。 その後、彼が広島や長崎を訪れたことは生涯にわたり一度もなかった。じつのところオッペンハイマーは、原爆開発とその結果をどう受け止めていたのか。東京で発さ
映画は天才物理学者オッペンハイマーの成功と赤狩り時代の「凋落」を描く ©UNIVERSAL PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. <アカデミー賞作品『オッペンハイマー』を通して、大勢のアメリカ人が原爆と核戦争の歴史に引き込まれ、ミレニアル世代やZ世代の多くは初めてその現実を知ることになった> 『オッペンハイマー』は興行収入(全世界で10億ドル近く、アメリカだけで3億ドルを超えた)、アカデミー賞(作品賞を含む7部門を受賞)、レビュー(映画評論家だけでなく科学者や歴史家にも注目された)が示すとおり大成功を収めた。 1人の物理学者が同僚と語り合い、共に研究に取り組んで世界初の原子爆弾を開発する3時間の伝記映画が、スーパーヒーローかスーパーマリオかトム・クルーズがいなければ映画館に足を運ばない人々の興味を大いにかき立てると予想した人は少なかった。 そして、ピンクずくめの少女
主演2人によるスペシャルコラボソングが爆誕!主題歌に決定!! ano feat. 幾田りら 「絶絶絶絶対聖域」 (前章) 幾田りら feat. ano 「青春謳歌」 (後章) 絶望が溶け込んだ日常を映し出す“クソやばい”本予告解禁! 実写映画化もされた代表作『ソラニン』や、累計発行部数300万部を超える『おやすみプンプン』、そして現在「ビッグコミックスペリオール」にて連載中の『MUJINA INTO THE DEEP』など、数々のヒット作を生み出し続ける漫画家・浅野いにおによる傑作漫画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(通称・デデデデ)。2014年より「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にて連載が開始された本作は、突如東京上空に巨大な宇宙船 通称“母艦”が襲来し、絶望的に思えた異常事態も次第に日常へと溶け込んでゆく世界で、日々の青春を謳歌する少女たちの物語。
『ドライブ・マイ・カー』をはじめ、数々の作品で国際的に高い評価を受ける濱口竜介監督(45)。これまでに米アカデミー賞と世界三大映画祭(カンヌ、ベルリン、ヴェネツィア)のすべてで受賞を果たした。日本人では黒澤明監督以来の快挙だ。作品の多くが低予算、少人数で制作され、キャスティングは演技経験を問わない。10人ほどのスタッフで作り、裏方の一人が主演を務めた新作は、ヴェネツィア国際映画祭で審査員グランプリに。なぜそんなことができるのか。異例ずくめともいえる独自のスタイルについて聞いた。(撮影:大河内禎/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 「どの賞も、受賞して驚いていますよ」と濱口竜介監督は飄々と言う。この数年の間に、国際的な映画賞を軒並み受賞した。 『ドライブ・マイ・カー』(2021)では、アカデミー賞の国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭の脚本賞など4部門。『偶然と想像』(2021)でベ
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