*こちらの短編は『夏へのトンネル、さよならの出口』の本筋に大きく関わるため、本編読了後にお読みください。 花に潮風 この町はどこにいても潮の香りがする。 校舎二階の廊下を歩きながらそんなことを思った。 開け放された窓の向こうに海が見える。東京に居た頃はなかなか見られなかった景色も、ここ香崎では日常の背景だ。自然が多くて、心なしかセミの鳴き声も東京のものより元気に感じられる。 濃厚な夏の雰囲気に、しかし私はうんざりしていた。 潮風は磯臭くて肌がべたつくし、セミの鳴き声は耳障りだ。おまけに虫も多い。この自然ばかりで何もないど田舎に、短くとも高校を卒業するまで居なきゃならないと思うと、憂鬱だった。 「緊張してる?」 前を歩く浜本先生が、こちらを振り返って言った。 私が首を横に振ると、浜本先生はよく通る声で「なら安心」と言って、ある教室の前で足を止めた。ドアの上に『2―A』とプリントされた表札が見
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