向田邦子は、香川県高松市の、父の勤めていた生命保険会社の社宅に住んでいた。 場所は、玉藻城(高松城)のお濠隣り、現在でいうと、寿町交差点の角地。 ※昭和16年(1941年)12歳~昭和17年(1942年)13歳の期間、高松市に居住。 1.「高松に住んでいたのか?」という疑問から始まり、 著作を調べると、向田邦子の著作『父の詫び状』の一節、「隣の匂い」の中に、 高松の社宅に住んでいたという記載があった。 2.郷土資料『香川県雑学読本 続』にも、転勤族の子だった向田邦子の様子が描かれている。 『向田邦子全集新版11』の年譜にも、記載あり。 昭和16年(1941年)12歳~昭和17年(1942年)13歳の期間、高松市に居住。 3.住んでいた時期が判明したので、昔の住宅地図も調べたところ、 『戦災前(1945年、昭和20年7月)の高松住宅地図』の中に、玉藻城(高松城)のお濠隣り、 現在でいうと、寿