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Archeologyに関するnminoruのブックマーク (171)

  • マヤのトウモロコシ神の像発見 メキシコ・パレンケ遺跡

    メキシコ・チアパス州パレンケ遺跡で発見されたトウモロコシの神の像。国立人類学歴史研究所提供(撮影日不明)。(c)AFP PHOTO / INAH 【6月2日 AFP】メキシコ南東部パレンケ(Palenque)遺跡で、約1300年前にマヤ(Maya)人がつくったとみられるトウモロコシの神の像の頭部が見つかった。国立人類学歴史研究所(National Institute of Anthropology and History)が5月31日、発表した。 発見された像は、西を向いていた。同研究所は「最初の太陽光と共にトウモロコシが生まれたということを象徴している」可能性があると説明している。 像は「神が冥界に行くことを模して、池に沈められたささげ物」の一部だったという。 研究者のアルノルド・ゴンザレス・クルス(Arnoldo Gonzalez Cruz)氏は今回の発見について、「トウモロコシの神の

    マヤのトウモロコシ神の像発見 メキシコ・パレンケ遺跡
  • 7万人が居住可能な約2000年前の地下遺跡がトルコで発見される

    最大7万人が居住できたとみられる約2000年前の地下遺跡が、トルコ南東部のマルディン県ミドヤトで発掘されました。地下に広がる広大な空間には、ローマ帝国によって迫害された初期のキリスト教徒らが住んでいた可能性があるとのことです。 Huge Underground City Discovered in southeastern Turkey https://ftnnews.com/news-from-turkey/43832-excavations-in-cave-reveal-huge-underground-city-in-turkiye Excavations reveal huge underground city in Turkey’s Mardin | Daily Sabah https://www.dailysabah.com/life/history/excavations-r

    7万人が居住可能な約2000年前の地下遺跡がトルコで発見される
  • 聖書を研究しすぎて闇落ちした結果…「七十人訳ギリシア語聖書入門」

    このはめちゃくちゃ詳しくて面白い。面白いのだが、聖典を全て是とするキリスト教徒にはだいぶキツい内容になっているかもしれない。 なぜかというと、著者は 聖書を研究しすぎて闇落ちしている からだ。 聖書の成り立ちの曖昧さや矛盾、内容の不備、いやむしろ「聖」書の聖の部分だって人為的に付与された属性だろ? みたいなところから、旧約も新約もひっくるめて知りつくした者ならではの冷ややかなツッコミが随所にちりばめられている。 あまりに急所にクリティカルにツッコむので、「聖書とは過去に誰かに作り出されたものである」という単純な立場ですらない。神を愛しすぎたゆえに突き抜けて堕天使になった系か。示唆に富む内容とは別に、垣間見える著者の愛憎入り混じるコメントに苦笑する。 七十人訳ギリシア語聖書入門 (講談社選書メチエ) さてこのは、「七十人訳」と呼ばれる聖書のギリシア語訳についての成立の歴史や内容の解説

    聖書を研究しすぎて闇落ちした結果…「七十人訳ギリシア語聖書入門」
  • 色々あって面倒なことに…「渤海国とは何か」

    渤海国とは、日のすぐ近く、中国大陸の中国ロシアの間くらいにかつて存在した国のこと。日でいうと いや教科書にも載ってるんだから今更だろ? 概要くらいみんな知ってるだろ? と言いたくなるところだが、このの主題の一つが「日中国韓国それぞれから見た渤海国の歴史理解が違う」という話である。 渤海国とは何か (歴史文化ライブラリー) 日 → かつて満州国を作る時「渤海国を復活させる」的な感じで利用した ※正当性の主張のため 中国 → 昔からうちの国だ、と主張した ※実際は「北狄」、北の野蛮人として扱っていた 朝鮮 → 朝鮮民族が建国に関わったのだからと自国の歴史に組み込んだ ※靺鞨人が忘れられている これが書の帯で「歴史の争奪」と言われている内容の超ザックリとした概要になる。言われてみると、ああなるほど…となる話で、今のところでは中国と朝鮮の間でウチの一部だった、いやウチの歴史だと揉

    色々あって面倒なことに…「渤海国とは何か」
  • 古代インカ、生贄の子らは薬物漬け

    生贄として生き埋めにされた13歳の少女のミイラ。死を迎える1年前からコカを大量摂取し、最後の数週間には多量のアルコールも飲んでいたことが、最新の研究で明らかになった。 Photograph courtesy Johan Reinhard アルゼンチン北部のジュジャイジャコ火山(標高6739メートル)の山頂で1999年、インカ帝国時代の子どものミイラ3体が発見された。古代インカの生贄の儀式カパコチャで生き埋めにされたミイラは、保存状態が極めて良く、非常に安らかな表情で知られている。 最近、新たな研究結果が公表され、3人の子どもはいずれも、生贄として捧げられる1年前から向精神作用成分の摂取を強いられていたという。 イギリス、ブラッドフォード大学の法医学と考古学の専門家アンドリュー・ウィルソン(Andrew Wilson)氏はまず、13歳の少女のミイラについて生化学分析を行った。毛髪には、死を迎

    古代インカ、生贄の子らは薬物漬け
    nminoru
    nminoru 2020/03/16
    案外人道的なのね。
  • ヘロデ王の墓見つかる キリスト生誕時のユダヤ王 - イスラエル 

    【エルサレム 9日 AFP】イスラエルのヘブライ大学(Hebrew University)考古学研究所は8日、古代ユダヤのヘロデ王(King Herod、紀元前37-同4年)の墓がヨルダン川西岸のベツレヘム(Bethlehem)近郊の宮殿遺跡ヘロディウム(Herodium)で見つかったと発表した。 1972年から現場付近で発掘を続けてきたヘブライ大のエフド・ネツェル(Ehud Netzer)教授によると、ヘロデ王の石棺と見られる遺物は3週間前に、ヘロディウムの北東斜面で発見された。この斜面の発掘は2006年8月から行われてきた。 ヘロデ王はヘロディウムに埋葬されたと伝えられており、発掘が続けられていたが、決定的な証拠は発見されていなかった。 ネツェル教授は、「(ヘロデ王の墓であることを示す)碑文は発見されていない」とした上で、「発見場所や出土品の性質、文献史料から言っても、これがヘロデ王の

    ヘロデ王の墓見つかる キリスト生誕時のユダヤ王 - イスラエル 
  • バビロニアのエルサレム征服、発掘で証拠発見 聖書の記述裏付けか

    エルサレムにあるシオンの山で、聖書の記述を裏付ける考古学的遺物が見つかった/Thomas Coex/AFP/Getty Images (CNN) 中東エルサレムにあるシオンの山で発掘作業を行っていた研究チームがこのほど、古代バビロニアによる同市征服の証拠を発見した。エルサレム破壊に関する聖書の記述を裏付ける成果とみられる。 米ノースカロライナ大学の研究チームは今回、灰の堆積(たいせき)物や矢尻、壊れたつぼや照明器具などを発掘。しかし最も重要な発見となったのは、房飾りかイヤリングとみられる宝石類だった。 研究プロジェクトの共同責任者を務めるシモン・ギブソン氏によると、こうした「上流階級」の痕跡が見つかったのは初めて。紀元前587~586年に征服される前のエルサレムの豊かさを記した聖書の記述を確認する発見とみられる。 宝石は通常、戦士によって略奪され溶かされることから、戦地で見つかるのは珍しい

    バビロニアのエルサレム征服、発掘で証拠発見 聖書の記述裏付けか
  • ‘Fat’ by Christopher E. Forth review | History Today

  • イラク戦争中に盗難、英国が古代バビロニアの石碑を返還

    イラクから盗まれた古代バビロニアの石碑を手にする博物館職員。英ロンドンの大英博物館にて(2019年3月19日撮影)。(c)Tolga Akmen / AFP 【3月20日 AFP】イラク戦争中に盗まれ、その後英国で押収された約3000年前の古代バビロニアの石碑がイラクに返還されることになり、ロンドンの大英博物館(British Museum)で19日、返還式典が行われた。 大英博物館の館長、ハートウィグ・フィッシャー(Hartwig Fischer)氏は石碑を駐英イラク大使に引き渡し、石碑は「大変重要なイラクの文化遺産だ」と述べた。 英国の国境管理当局は2012年、ロンドンのヒースロー空港(Heathrow Airport)で石碑を発見し、大英博物館に通知した。 石碑がどのようにイラクから持ち出されたのかは不明だが、デジタル・文化・メディア・スポーツ省のマイケル・エリス(Michael E

    イラク戦争中に盗難、英国が古代バビロニアの石碑を返還
  • 北米最古 1万3000年前のヒトの足跡、カナダ西海岸の島で発見

    カナダ西海岸のキャルバート島で発掘された1万3000年前のものとみられるヒトの足跡の写真と、デジタル処理で足跡の形を際立たせた画像。Joanne McSporran撮影。(c)2018 McLaren et al/https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/ 【3月29日 AFP】カナダ西海岸の島で、北米では最古となる約1万3000年前のヒトの足跡が見つかったとする研究論文が28日、米科学誌「プロスワン(PLOS ONE)」に発表された。 足跡が見つかったのは、バンクーバーの北東にあるキャルバート島(Calvert Island)の砂浜。大人2人と子ども1人が泥の上をはだしで歩いた跡とみられるという。 論文の主執筆者でハカイ研究所(Hakai Institute)とカナダ・ビクトリア大学(University of Victoria)に所属するダ

    北米最古 1万3000年前のヒトの足跡、カナダ西海岸の島で発見
  • FB、旧石器時代の裸像を検閲 ウィーン博物館が批判

    オーストリア・ウィーン自然史博物館で展示される彫像「ウィレンドルフのビーナス」(2018年2月28日提供)。(c)AFP PHOTO / APA / STRINGER 【3月1日 AFP】旧石器時代の傑作とされる彫像「ウィレンドルフのビーナス(Venus of Willendorf)」の画像が、交流サイト(SNS)最大手フェイスブック(Facebook)の検閲により同サイト上から削除されたことを受け、同像を展示するオーストリア・ウィーン自然史博物館(NHM Vienna)は2月28日、検閲を批判した。 この彫像は、およそ3万年前に制作された高さ11センチの小さな裸婦像で、オーストリアのウィレンドルフで20世紀初頭に発見された。今回の騒動のきっかけは、昨年12月、イタリアの芸術活動家ラウラ・ギアンダ(Laura Ghianda)氏がフェイスブック上に同像の画像を投稿し、話題を呼んだことだった

    FB、旧石器時代の裸像を検閲 ウィーン博物館が批判
  • Why People Walked Differently in Medieval Times

  • 建設現場からビザンツ帝国時代の遺構、精巧なモザイク床 イスラエル

    イスラエルのベト・シェメシュで、約1500年前の修道院と教会の遺構の一部として発見されたモザイクの床(2017年12月20日撮影)。(c)AFP PHOTO/MENAHEM KAHANA 【12月21日AFP】イスラエルの建設現場から、約1500年の前のビザンツ(Byzantine)帝国時代の修道院の遺構が発掘された。イスラエル考古学庁(IAA)が20日、発表した。 教会を含む修道院は、ベト・シェメシュ(Bet Shemes)にある超正統派ユダヤ教地区の拡大に先駆けて行われていた掘削作業中に発見された。 発掘チームを率いるIAAのベンヤミン・ストーチャン(Benyamin Storchan)氏は「この古代遺跡の素晴らしい保存状態と出土品の豪華さにチームは驚いた」と話す。 出土品には十字架が施された大理石の柱の基部や、同じく大理石製でトルコからもたらされた窓の網戸のほか、鳥や葉、ザクロなどが

    建設現場からビザンツ帝国時代の遺構、精巧なモザイク床 イスラエル
  • 「不老不死の薬探せ!」 始皇帝の命令、木簡から確認

    中国陝西省の秦始皇帝陵兵馬俑博物館に展示された兵士らの像(2016年10月21日撮影、資料写真)。(c) AFP PHOTO 【12月26日 AFP】中国で2002年に見つかった大量の木簡の中に、秦の始皇帝(Qin Shihuang)が国内各地で不死の薬を探すよう命じた布告や、それに対する地方政府からの返答が含まれていることが、最新の調査で明らかになった。 中国国営の新華社(Xinhua)通信が24日に伝えたところによると、3万6000枚に上る木簡は湖南省(Hunan)の井戸の底から発見されていた。同省の考古学者らが調べたところ、「不老不死の薬」を探せとの始皇帝の命令が記されていたものがあった。布告は辺境の地域や僻(へき)村にも通達されていたという。 また、この指示に当惑した様子がうかがえる地方政府からの返信が書かれたものも確認された。例えばある村は、そのような妙薬はまだ見つかっていないが

    「不老不死の薬探せ!」 始皇帝の命令、木簡から確認
  • 初期人類「リトルフット」の化石を初展示、史上最も完全な形 南ア

    アフリカ・ヨハネスブルクのウィットウォータースランド大学で、初めて一般公開された「リトルフット」の化石(2017年12月6日撮影)。(c)AFP PHOTO / MUJAHID SAFODIEN 【12月7日 AFP】初期の人類で「南の猿人」との意味を持つアウストラロピテクスの化石が6日、南アフリカ・ヨハネスブルクのウィットウォータースランド大学(Witwatersrand University)で一般公開された。これまで発見されたアウストラロピテクスのものとしては最も完全な形に近いこの化石が展示されるのは今回が初めて。367万年前の化石の発掘から組み立てには、およそ20年を要した。 最初に発掘された部位が足の小さな骨四つだったことから「リトルフット(Little Foot)」と名付けられたこの化石は、これまでに発見された150万年以上前の人類の祖先の化石の中で、最も完全な形を保っている

    初期人類「リトルフット」の化石を初展示、史上最も完全な形 南ア
  • 動画:古代ローマのミトラ神殿、ロンドン金融街真下に復元

    【11月9日 AFP】古代ローマ時代の神殿が、英ロンドン中心部の金融街シティー・オブ・ロンドン(City of London)の真下に復元された。神殿が元々あった場所で、音や光を駆使し、当時の様子を演出している。 3世紀に建築されたロンドンのミトラ神殿(London Mithraeum)は1954年、第2次世界大戦(World War II)の爆撃地で偶然発見された。神殿は解体され、100メートル離れた場所に移築された。 だがこのほど、神殿は再び元あった、イングランド銀行(Bank of England)脇のブルームバーグ(Bloomberg)欧州部新社屋の真下、地下7メートルの場所に戻され、修復された。 プロジェクトの考古学主任顧問ソフィー・ジャクソン(Sophie Jackson)氏は、「ロンドンはローマの都市だが、遠い昔を直接経験できる痕跡があまりに少ない」と話す。 神殿にはほんの

    動画:古代ローマのミトラ神殿、ロンドン金融街真下に復元
    nminoru
    nminoru 2017/11/10
    一世を風靡したミトラ教
  • ゾロアスター教板絵を発見 世界初、正倉院楽器と類似 - 共同通信

    ウズベキスタンで出土したゾロアスター教関連の板絵。最上段に女神、下段にハープに似た弦楽器や琵琶とみられる楽器を奏でる楽隊が浮き彫りされている(帝塚山大提供) 8世紀初頭に焼けたウズベキスタンにあるシルクロード都市の遺跡「カフィル・カラ城」で、正倉院宝物に似た楽器が描かれたゾロアスター教関連の板絵が出土したと、帝塚山大(奈良市)などのチームが2日、発表した。 炭化しているが、祭礼の場面とみられ、同様の板絵が完全な状態で発掘されたのは世界初。シルクロード交易を担ったソグド人や、キリスト教などに影響を与えたゾロアスター教の研究に役立つ成果としている。 木製で、縦1.3メートル、横1.4メートルの4段構成。最上段に獅子に腰掛ける女神ナナー、下段に楽器を奏でる楽隊、火や供物をささげる人が浮き彫りされている。

    ゾロアスター教板絵を発見 世界初、正倉院楽器と類似 - 共同通信
  • ほぼ完全な中世の剣を発見、ポーランド

    この14世紀の剣は、長さ120cmで、重さはわずか1.5キロだった。(Photograph by Fr. Stanisław Staszic Museum) 600~700年前、ひとりの不運な騎士が泥炭地に落ちるか、そこで剣を落とすかしたようだ。ポーランド南東部、フルビェシュフ郡近郊の泥炭地で、信じられないほど保存状態のよい剣が発見されたことを受け、研究者らはそんな見解を示した。(参考記事:「沈没船41隻を発見、驚異の保存状態、黒海」) 建設作業員が掘削機を使って湿地の排水をしようとしていたところ、たまたまこの剣を発見、地元のスタニスワフ・スタシツ博物館に寄付された。13世紀末か14世紀中頃のものと見られ、柄以外はほぼ完全に残っている。 博物館の館長バルトロメイ・バルテツキ氏がポーランドの科学誌PAPに語ったところによると、両手で扱うこのタイプの剣は「この地域では珍しい発見」だが、当時は騎

    ほぼ完全な中世の剣を発見、ポーランド
  • 人類の米大陸到達は「13万年前」 定説大幅にさかのぼる

    衝撃によるひびが入ったマストドンの大腿骨。米サンディエゴ自然史博物館提供(2017年4月25日提供)。(c)AFP/San Diego Natural History Museum/Tom DEMERE 【4月27日 AFP】米カリフォルニア(California)州サンディエゴ(San Diego)で発掘されたマストドンの骨の年代を最新技術で測定したところ、人類が米大陸に移動した時代がこれまで考えられていた1万5000年前よりもはるかに古い13万年前だったことが分かったとの研究結果が26日、発表された。 研究チームは英科学誌ネイチャー(Nature)に発表した研究論文で、マストドンの歯や骨に間違いなく人の手で加工された痕跡があったことに加え、石づちやたたき台も見つかったことから、原始人類がこのマストドンをしていたことに疑いの余地がないと結論している。 ゾウに似た動物であるマストドンの化

    人類の米大陸到達は「13万年前」 定説大幅にさかのぼる
  • 「四大大河文明」はもう古い、いい加減使うのやめようぜ。っていう話

    いったん社会に定着してしまったフレーズは、なかなか消えることがないのだが、もういい加減ええんちゃう? と思うのが「四大文明」、それも「四大大河文明」という言い方だ。 まずインダス文明は大河文明じゃなかったし。 ・文明期の川の流れを再現したら、そもそも当時はインダス川が無かった ・当時の河川は遺跡からガッツリ離れて流れていた ぶっちゃけ黄河文明も黄河だけじゃない。 ・長江上流の遺跡のほうが古かったりする ・その他の河川流域でも独自に文明が発達していたことがわかってきているので、「古代中国文明」あたりならともかく「黄河文明」という言い方は妥当ではない そして大河に依存しない純然たる一次文明の存在も既に知られている。 中米(オルメカ、トルテカ、マヤ、アステカなどの地域)やアンデス(ナスカ、モチェ、イカなどプレ・インカと最終的にそれらを統合するインカ)、エーゲ海の島嶼で発達するキクラデスなどの文明

    「四大大河文明」はもう古い、いい加減使うのやめようぜ。っていう話
    nminoru
    nminoru 2017/06/15
    マスターキートンにすら四大文明古い論は出てきていたからなぁ。