アルバート・ジョン・ダンラップ、Albert John Dunlap(1937年6月26日 - 2019年1月25日)は、アメリカ合衆国のターンアラウンド・マネジャー。業績が悪化している企業の経営を任され大量解雇、工場閉鎖、事業の切り売り、過激なリストラで規模縮小し短期的には業績を回復させた。再建屋としてウォール街の寵児となり、巨万の富を手にしたが後に失墜した。 生涯[編集] ニュージャージー州ホーボーケンで中流階級の労働者の家庭に生まれ、両親と祖父母に甘やかされて育ち何不自由なく育った。父親はボイラー修理工で、母親は専業主婦だった。学校では短気で頑固だが優等生で勉強も運動もよくできた。高校卒業後、ウェストポイント陸軍士官学校に入学し過酷な生活に耐え抜き1960年に卒業する。規則通り3年間軍役に着き、核ミサイル基地に配属され中尉として勤務した。1963年に昇進も金持ちにもなれそうになかった