きょう11月18日、広宣流布大誓堂の完成10周年をことほぐ「創価学会創立記念日」を迎えた。池田大作先生は共戦の師弟旅を歩む全国・全世界の同志に3首の和歌を詠み…
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創価学会第33回本部総会であいさつする池田大作会長(当時)=昭和45年5月、東京・両国の日大講堂11月15日、創価学会の池田大作名誉会長が死去した。15年以上前に駆け出し政治記者として創価学会を支持母体とする公明党を担当した私にとっても、過去の記憶を呼び起こす訃報だった。 池田氏を取材したこともなければ、姿を直接見たこともない。それでも、公明党を担当するということは、折に触れて池田氏の存在を意識することに他ならなかった。 永田町を駆け巡る「池田氏死去」の噂を確認したことは一度や二度ではない。自室内に池田氏の写真を掲げていた公明党幹部について、党関係者から「あの人は信心を疑われているからアピールをしているのだ」という解説を受けて妙に納得した。公明党議員とカラオケに行けば、池田氏のペンネーム「山本伸一」作詞の歌を聴くことになった。 最も印象に残るのは、懇意にさせてもらっていた学会職員から酒席で
公称会員数(信者)827万人の巨大宗教組織、創価学会の名誉会長であり、公明党の創設者でもある池田大作氏が亡くなった。創価学会の発表によれば、東京都新宿区の自宅で11月15日夜半、老衰のため95年の生涯を閉じたという。岸田文雄首相は哀悼の意を表し、国内外のメディアはこぞってカリスマ死去の影響を伝える記事を報道しているが、池田氏が率いた巨大組織を支える幹部や一般会員たちは、トップの死をどうとらえているのか。後継者問題や組織運営、政権への影響などについて、複数の会員たちが集英社オンラインの取材に応じた。 〈画像〉1962年に撮影された30代の頃の池田大作氏 32歳で宗教団体のトップになった池田氏1960年、32歳で創価学会3代会長に就任し、3年後の63年に公明党を結成、日蓮の立正安国論を引用した結党宣言を行った。75年に発足したSGI(創価学会インターナショナル)会長に就任、79年に創価学会名誉
池田氏のカリスマ性にも、この幹部は疑問を投げかける。 「カリスマ性うんぬんのとらえ方も、世代によって違うと思うんですよ。創価学会は今年で創立93年で、池田先生が会長になられて60年以上になりますから、この半世紀を池田先生と一緒に歩んでこられた同年代の方々は、カリスマとして仰ぎ見ていると思いますが、50代の私などは、生まれたときから家が創価学会だったので、私たち世代からするとカリスマというのは当たらない気がします」 カリスマでないなら、いったいどんな存在なのか? 「現代における法華経の解釈、日蓮の言葉を実生活や自分たちの人生に置き換えて指導してくれる人が池田先生なんです。だからカリスマというよりは、信仰の指導者であり師匠ですね。柔道でも書道でも師匠がいるように、池田先生は“人生や信仰における師匠”という側面の印象が、われわれ世代には強いんです。だから、池田先生が右向けって言ったから絶対に右を
新興宗教の家に生まれ、中・高・大と宗教系の学校に通い、新卒から宗教法人職員として働いていた———。 前回の記事で、そんな異色の経歴をカミングアウトしたことで話題となったライターの正木伸城さんは、生まれてすぐに宗教団体に入会。幼いころから宗教的な教育をほどこされる中で、さまざまな違和感を抱くようになっていったようです。今回は「伸城」という名まえの名づけ親でもある、アノ人物にまつわるエピソードもお届けします。 「ぼく」が勤めていた宗教法人を公表 宗教法人職員だったぼくが、一般企業に転職していくさまを描いたエッセイを先日公開したところ、大変ご好評をいただいた。嬉しい限りである。その時点では勤め先の宗教法人の名まえは伏せていたのだが、ネット検索に引っかかる情報と記事内容から、かつての所属が「あっ」という間にみなさんの知るところとなった。なので、今日から公表する。 ぼくは創価学会の本部職員だった。父
11月18日、創価学会の池田大作名誉会長が15日に老衰のため95歳で死去していたことが明らかになった。創価学会といえば、数々の著名人を広告塔として利用してきたことが有名だが、元学会員でお笑いタレントの長井秀和氏(53)が、池田氏の寵愛を受けた芸能人たちについて明かす。 【写真を見る】若かりし日の池田大作氏 妻と3人の息子との集合写真 *** 「芸人としてブレイクした頃、氷川きよし君やタッキーこと滝沢秀明君と三人で、池田先生に面会しました」 と語るのは、お笑いタレントで、西東京市議を務める長井秀和氏(53)。両親共に学会員の家庭に生まれ、自身も学会の系列校・創価学園の小中高を経て創価大学まで通ったエリート信者だったが、2012年に学会を脱会した。 「05年1月、八王子にある東京牧口記念会館で開かれた本部幹部会で、集まった千人ほどの学会員の前で池田先生から激励を受ける機会がありました。タッキー
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