「日記ブーム」だ。ぼくも恩恵にあやかって、月と文社から出版される『何も起きない夜日記』に『日記で遅くなりたい』というエッセイを書いた。noteやしずかなインターネットのリンクをSNSで見かけることも増えた。それらをZINEにまとめる人も多く、文学フリマやZINEフェスの話題がよく聞こえてくる。出版社も文芸誌で日記特集を組み、果ては日記に特化した文芸誌すら出版されている。けれど、これをそのまま「日記を書く人が増えた」と言っていいのだろうか。違和感がある。 何かを書きたい人は、たぶんいつの時代にもいた。手打ちのホームページでも、鍵付きの日記帳も、さかのぼれば更級日記だってそうだ。違いがあるとすれば、「日記」という形式へのアクセスが極端に簡単になり、しかもそれが評価の言葉と結びついて可視化される、という点ではないかと思う。 いつの頃からだろう、noteを眺めていると「わたしの〇〇な経験を綴ること

