車名は軽量化を目指したコンセプトから「羽根のように軽い」ことを企図して命名されたもので[1]、車名にメーカー名を冠さず、単に「フライングフェザー」と呼ばれることが多い。メーカー側のカタログや資料などでは「F/F」と略した表記もされた。 住江製作所は、大手織物メーカーの住江織物が太平洋戦争中に設立した子会社である。後に住江木工が設立の上同社より独立し現在の住江工業になった。なお住江織物との資本関係は独立の際に断たれており、住江工業は現在は親会社が存在しない。 第二次世界大戦終了以降は、日産自動車の小型車ダットサンのボディ製造を手がけていた。この会社が自ら自動車開発に進出した動機には、日産自動車出身の専務・富谷龍一が関わっている[2]。 富谷は戦後の早い時期から超小型大衆車の構想を抱いており、その着想は軽自動車規格が制定される以前の1948年にまでさかのぼるという。彼はヨーロッパの超小型車など

