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ブックマーク / book.asahi.com (36)

  • 村上靖彦「客観性の落とし穴」 エビデンス主義には問題も|好書好日

    若手論客が「エビデンス」に基づいて高齢者の切り捨て政策を主張しては炎上するといった風景は、いつしか見慣れたものとなった。著者の村上も、学生から「先生の言っていることに客観的な妥当性はあるのですか?」などと問われるという。評者も医師である以上、エビデンスの大切さを理解してはいる。しかし、ゆきすぎたエビデンス主義には問題もある。 エビデンスとは要するに、客観的で統計的な事実のことだ。エビデンスは個人の行動に伴うリスクを計算可能であるかに見せかけ、自己責任論を強化する。その結果、人は自ら進んで、合理的で根拠のある社会規範に従おうとするだろう。統計学が支配する社会は、おのずから為政者や経済的強者に有利なものとなり、人々の生はいっそう息苦しいものとなる。 村上は自身のインタビュー経験に基づき、客観性とは対照的な「経験の生々しさ」に注目し、それをもたらす偶然性やリズムといったダイナミズムの価値を強調す

    村上靖彦「客観性の落とし穴」 エビデンス主義には問題も|好書好日
  • 「きしむ政治と科学」書評 耐えた専門家「主語」の粗さも|好書好日

    きしむ政治と科学 コロナ禍、尾身茂氏との対話 著者:尾身 茂 出版社:中央公論新社 ジャンル:社会・時事 「きしむ政治と科学」 [著]牧原出、坂上博 尾身茂氏は、コロナ禍の感染症対策分科会など政府の一連の会議で最も名が知られた専門家であろう。 著者らのインタビューに対し、言葉を選んではいるものの、まず伝わってくるのは、政府の無策に対する氏のもどかしい思いである。今回のような新興感染症による危機は、10年以上前から予想されていた。尾身氏ら専門家は検査・人員体制の強化などの報告書を政府に幾度も提言したが、訴えは十分に生かされず、コロナ禍は始まった。 尾身氏らは、準備がもとより不足であることを知りながら、使命感を支えに踏み込んだ発言を時に続ける。しかしそれが自分たちへの風当たりを強くし、氏には殺害予告も届く。 「我が国の危機管理体制は十分ではなかった」と2020年初夏の見解に記したら厚生労働省か

    「きしむ政治と科学」書評 耐えた専門家「主語」の粗さも|好書好日
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    repunit 2023/09/11
  • 大学改革のゆくえ 裾野広い人材育成で好循環を 明治学院大教授・石原俊|好書好日

    10兆円規模の大学ファンドの最終まとめ案を議論する国の総合科学技術・イノベーション会議の専門調査会のメンバーら=昨年1月 さる6月、国は世界水準の研究力を目指す「国際卓越研究大学」(卓越大)の候補を事実上、東大・京大・東北大の3校に絞った。今秋に最終認定される卓越大には、10兆円規模の大学ファンドの運用益から、年間数百億円もの助成が行われる。卓越大制度は戦後日の大学史上、1991年の一般教養課程廃止と「大学院重点化」、2004年の国立大学法人化に続いて、3度目の大改革にあたる。30年以上も大学改革が続いてきたわけだが、その結果は芳しくない。 2度目の大改革では「選択と集中」の旗のもと、国から国立大への定常的給付金(運営費交付金)が削減され、プロジェクト型の時限付補助金(競争的資金)が増額された。だが安定して人件費に使える予算が減ったために、教職員の非正規率が増加し、これが1度目の大改革で

    大学改革のゆくえ 裾野広い人材育成で好循環を 明治学院大教授・石原俊|好書好日
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    repunit 2023/08/09
  • 文學界新人賞・市川沙央さん 「なにか職業が欲しかった」ままならぬ体と応募生活20年の果てに 「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#1|好書好日

    第128回文學界新人賞 受賞作品「ハンチバック」 親が遺したグループホームで裕福に暮らす重度障害者の井沢釈華。Webライター・Buddhaとして風俗体験記を書いては、その収益を恵まれない家庭へ寄付し、Twitterの裏垢では「普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢」と吐きだす。ある日、ヘルパーの田中に裏垢を特定された釈華は、1億5500万円で彼との性交によって妊娠する契約を結ぶ――。 療養生活という名の引きこもり 取材は市川さんが両親と暮らす自宅で行われた。お母さんに案内された部屋で、市川さんと目が合った瞬間、その射貫くような眼差しに気圧された。市川さんは筋疾患先天性ミオパチーという難病により、人工呼吸器を使用しているため、発話に大変な体力を使い、リスクもある。そのため取材も、あらかじめメールで回答をもらい、補足のみ、最小限お話いただく形をとった。 目力の強さはそれが市川さ

    文學界新人賞・市川沙央さん 「なにか職業が欲しかった」ままならぬ体と応募生活20年の果てに 「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#1|好書好日
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    repunit 2023/05/28
  • ドナルド・キーンの蔵書7000冊、東洋大の学生ら整理プロジェクト 「いつかバーチャル図書館も」|好書好日

    蔵書のデータ入力に取り組む東洋大学の学生たち=東京都北区 東洋大の学生らが整理・調査 東洋大と北区、ドナルド・キーン記念財団の3者は7月、蔵書を整理・調査するプロジェクトに関する協定書を締結。東洋大が学内で蔵書整理のアルバイトを募集したところ、予定の20人に対して100人以上の申し込みがあり、採用枠を29人に拡大した。採用者のうち2人は中国韓国からの留学生だという。 学生たちはシフトを組んで北区が用意した施設に週3回ほど集まり、パソコンを使って図書目録の入力フォーマットに1冊ずつ蔵書の情報を入力。蔵書のあった場所や内容、書き込みの有無などを記録していく。 アーサー・ウェイリー訳「源氏物語」との出会いをきっかけに日文学研究を志したドナルド・キーン。蔵書の中にあった日語版の源氏物語を確認していて「ひらがなで『あはれ』と記したえんぴつの書き込みを見つけ、感慨深かった」と語るのは道幸(みちゆ

    ドナルド・キーンの蔵書7000冊、東洋大の学生ら整理プロジェクト 「いつかバーチャル図書館も」|好書好日
  • MMK(もててもててこまる)とは ――知られざる海軍士官用語の世界|じんぶん堂

    記事:朝倉書店 MMK(モテテモテテこまる) イラスト:金子智美 書籍情報はこちら 旧日海軍の士官用語いろいろ 一般社会と隔絶した集団であり、あらゆることが命令のもとに画一的に行われる集団がある。それは何かと言えば軍隊である。日には戦前、陸軍と海軍があったが、ここでは海軍の士官用語を取り上げる。 一八七二年に海軍省が設置され、イギリス式を採用した。翌年からイギリス海軍の教官の指導を受け、ジェントルマン教育が始まった。そのため、海軍は当初からイギリス海軍の精神や用語が入り、英語訛り、あるいは和製英語が使われた。特に海軍士官は日常会話に好んで英語、アルファベットを使った隠語を使用した。エリート意識がそこにはあった。詳細は拙著『集団語の研究上巻』(東京堂出版)を参照のこと。 海軍は構成員が男ばかりで、普段、外は海ばかりという洋上の戦闘集団だ。たまに上陸が許されたときには花街にくり込むことが多

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  • 「フランス革命史」書評 庶民の記録で跡づける多様な姿|好書好日

    ISBN: 9784560098950 発売⽇: 2022/06/29 サイズ: 19cm/497,98p 「フランス革命史」 [著]ピーター・マクフィー 「市民革命」という言葉はやめませんか。数年前、ある思想史事典の編集委員で連名記事をつくる際、そう申し入れたことがある。日語のこの言葉には独自のニュアンスがあるにせよ、西洋語では「ブルジョワ革命」と翻訳するしかない言葉だからだ。日の教科書のように、西洋近代の政治変動をこの言葉で一括するのは、欧米ではごく稀(まれ)だ。 フランス革命を「ブルジョワ革命」とみなす通説にフランソワ・フュレが批判を寄せてから、半世紀ほどの年月を経た。階級闘争史観の次の次はどうなっているか。2016年にイエール大学出版局から原著が出版されたこのは、この問いに一つの方向性を示している。新旧の膨大な革命史研究の成果をバランスよく折衷的に吸収しながら、平易に、テンポ

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    repunit 2022/08/27
  • 「旧植民地を記憶する」 侵略を公的に認めることの意味 朝日新聞書評から|好書好日

    旧植民地を記憶する フランス政府による〈アルジェリアの記憶〉の承認をめぐる政治 著者:大嶋 えり子 出版社:吉田書店 ジャンル:政治・行政 「旧植民地を記憶する」[著]大嶋えり子 他国への侵略行為が目の前で起きた時、それを批判する足場の一つは、過去の侵略がもたらした被害の記憶である。だからこそ、旧宗主国の政府が植民地の記憶を公的に認めるか否かは、喫緊の課題なのだ。フランスの加害の記憶を扱った書は、このことを痛感させる。 フランスは、19世紀からアルジェリアを支配し、1962年の独立まで収奪や搾取を続けた。独立戦争時には多くのアルジェリア人を殺害した。フランス軍に参加したアルジェリア人戦闘員を保護することもしなかった。 著者が試みたのは、こうした事実の解明ではない。フランス政府が旧植民地の記憶をどのように承認してきたかをつぶさに追うことだ。 政府は加害の記憶を公的に認めてこなかった。補償や

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    repunit 2022/04/09
  • 誰もがいつ陥っても不思議ではない貧困の現実 ステファニー・ランド『メイドの手帖』(村井理子・訳)|好書好日

    ほぼ最低賃金で清掃の仕事に就いたシングルマザーが、作家になる夢を叶えた回想記です。予期せぬ妊娠とパートナーとの別離によって著者が陥った貧困はまさに蟻地獄。煩雑な手続きを伴う公的な補助は、わずかな収入増で減額されます。入居できる家賃のアパートは母子の健康を害する環境でした。富裕層の家を回る清掃の仕事は、まるで幽霊になったよう。人としての尊厳どころか、存在すら無視されます。 そんな日々を細部まで克明に描き、現代の貧困の現実を伝えます。著者の支えは一人娘のミアと、日々の暮らしをつづるSNSやブログでした。家族の援助も得られず一人で闘ってきた彼女が、一歩を踏み出す瞬間は快哉を叫ばずにはいられません。 定価:体1800円+税 双葉社 03・5261・4818(営業)

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    repunit 2021/09/01
  • 「ベネズエラ」書評 過度の権力集中が示す苦い教訓|好書好日

    ベネズエラ 溶解する民主主義、破綻する経済 (中公選書) 著者:坂口安紀 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット ベネズエラ 溶解する民主主義、破綻する経済 [著]坂口安紀 インフレ率は10万%を超し、糧難で国民の過半が平均11キロ痩せ、治安は世界最悪レベルのベネズエラ。かつて安定した民主体制をもち、いまも世界一の石油埋蔵量を誇るこの国は、なぜこれほど悲惨な状態に陥ってしまったのか。理由を一言でいうと、権力の過度な集中である。 経緯はこうだ。1992年、伝統的政治家への不信が強まるなか、将校チャベスは軍事クーデターを決行した。若いときから彼は体制変革を夢見ていた。クーデターは失敗するがチャベスは生き延び、98年の大統領選で当選を果たした。チャベス政治の特徴は、法の支配を尊重しないことだ。彼は超法規的な手段により新憲法を制定した。そして新憲法のもと、最高裁や国家選挙管理委

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  • うそ社会 軽やかに適応 宮台真司「制服少女たちの選択」|好書好日

    写真・飯塚悟 宮台真司(みやだい・しんじ)社会学者 首都大学東京教授。1959年生まれ。東京大大学院博士課程修了。国家権力からサブカルチャーまで扱う領域は広く、著書多数。93年、朝日新聞で女子中高生をめぐるいわゆるブルセラ論争に火をつけた。3人の子どもの父親で、近年は子育てについても積極的に発言している。近著に『ウンコのおじさん』『正義から享楽へ』。 30代半ばに書いたです。女子中高生が援助交際をしたり、ブルセラショップで制服や下着を売ったりしている当時の現象を、個別の道徳意識や成育環境の問題として考えるのではなく、社会システムの問題として分析しました。 この問題に関心を持ったのは1992年に女子高校生からカミングアウトされたからです。最初は特殊な話かと思いましたが、いざ渋谷で声をかけ、ツテをたどって調査を始めると、そうじゃないことにすぐ気づきました。 実はショックでした。女の子の売春に

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    repunit 2021/01/30
  • 「ノーベル平和賞の裏側で何が行われているのか?」書評 近年増えた推薦 政治の圧力も|好書好日

    ノーベル平和賞の裏側で何が行われているのか? 著者:ゲイル・ルンデスタッド 出版社:彩図社 ジャンル:教育・学習参考書 ノーベル平和賞の裏側で何が行われているのか? [著]ゲイル・ルンデスタッド ノーベル平和賞は「ノルウェー議会により選出された委員で構成される委員会で決める」とアルフレッド・ノーベルは遺言している。1901年から始まり、120年の歴史を持つ最も権威ある平和賞である。著者はノルウェー・ノーベル委員会の事務局長を25年にわたって務めた。 その間の見聞を正直に語ったのが書である。内幕を許される範囲で明かしたことになろうか。意外なことに近年は推薦が殺到しているそうだ。パキスタンのマララ・ユサフザイが最年少の17歳で受賞した2014年には、278人もの名が挙がっていた。それまで子供や若者が対象になることはなかったが、狂信主義と過激主義に対する闘いを体現し、教育を受ける権利を主張する

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    repunit 2021/01/28
  • 差別や偏見を隠した「ずるい言葉」を解説 社会学者・森山至貴さんインタビュー|好書好日

    文:篠原諄也 写真:斉藤順子 森山至貴(もりやま・のりたか)社会学者 1982年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教、早稲田大学文学学術院専任講師を経て、現在、同准教授。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』(勁草書房)、『LGBTを読みとく―クィア・スタディーズ入門』(ちくま新書)。 世の中の「ずるい言葉」はどこか差別に通じている ――森山さんは大学で学生さんに「自分が言われてモヤモヤした言葉」をヒアリングしたそうですね。特にどのような基準で選びましたか? 読者にとっての取っ掛かりが多いにしたかったので、特定の学問分野やジャンルの話だけにならないよう心がけました。女性差別やセクシュアルマイノリティ差別の事例だけでなく、血液型、障害者、ひとり親家庭などの話題も取り上げています。 ただ、どんな話題を選んでもやはりどこかで差別

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    repunit 2021/01/16
  • M・アトウッド「侍女の物語」グラフィックノベル版 全て奪われた人々の理不尽|好書好日

    カナダを代表する女性作家、マーガレット・アトウッドのブッカー賞受賞作『誓願』が、鴻巣友季子さんの素晴らしい翻訳で公刊されました。 『誓願』は、アトウッドの最も有名な小説『侍女の物語』の続編で、つい最近『侍女の物語』のグラフィックノベル(マンガ)版の邦訳も刊行され、カラー画面の美しさに息を呑(の)みました。 『侍女の物語』の原作小説は、けっして読みやすいとはいえなかったという記憶があるのですが、マンガ版の『侍女の物語』は、鮮やかな色彩のおかげで、緻密(ちみつ)で暗(あんうつ)な物語に立体的かつ繊細なふくらみが加わり、感覚的に把握しやすい世界観を築きあげています。『侍女の物語』をまだお読みでない方にぜひお薦めしたいと思います。 『侍女の物語』の舞台は近未来のアメリカで、キリスト教原理主義者がクーデターで政権を成立させます。その結果、女性は職業も財産も奪われ、厳格な身分差別の対象とされます。「

    M・アトウッド「侍女の物語」グラフィックノベル版 全て奪われた人々の理不尽|好書好日
  • 「コロナの時代」医師・岩田健太郎さん×落語家・春風亭一之輔さん対談 使命にしばられず、動く|好書好日

    岩田健太郎(いわた・けんたろう) 1971年、島根県生まれ。感染症内科医。米国、中国などでの病院勤務を経て2008年から神戸大。『新型コロナウイルスの真実』など著書多数。 春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ) しゅんぷうてい・いちのすけ 1978年、千葉県生まれ。2001年、春風亭一朝に入門。12年に真打ち昇進。著書に『いちのすけのまくら』(朝日新聞出版)など。 お客をつなぐため配信 一之輔さん 岩田 僕、こっそり半沢直樹が好きなんです。 一之輔 こっそりじゃなくたっていいじゃないですか。 岩田 役所とか大学の偉い先生とかに嫌がらせをされたら、やり返す方なんですよ。ダイヤモンド・プリンセス号を降ろされたときもやり返した。あのとき厚労省の役人に追い出されたんですけど、予告しておいたんですよ。最後に「守秘義務ないですよね。ネット上で何を言っても絶対文句は言わないですよね」と確認した。それ

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  • アニメの専門家はなぜ「京アニ事件」に沈黙したのか 平凡社新書『京アニ事件』より|じんぶん堂

    記事:平凡社 書籍情報はこちら アニメファンが攻撃されてきた歴史 第1章で、京アニ事件では、来ならコメントしたり解説したりするべき専門家の多くが取材を断ったことに触れた。実際に何人の専門家が取材を断ったのかをデータとして得ているわけではないし、京アニ事件において、私以外この話題を取り上げている例もほとんどないように思われる。あるいは、このことを問題にすること自体がタブーなのかもしれない。 それでも、事件報道に少なからず関わった私としては、問題としての大きさにかかわりなく、多くの専門家が事件に対するコメントを封印したという事実は、京アニ事件であらわになった特徴的な事象の一つとして指摘しておきたいと考える。 第1章で書いたように、専門家がコメントを避けた理由は、まず、事件の異常性、凄惨さを前にして、不用意に発言することによるリスクを避けようとしたこと。これは、評論家や研究者だけではなく、京ア

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  • 「憲法解釈権力」書評 内閣・首相らの「遵守の型」追究|好書好日

    憲法解釈権力 [著]蟻川恒正 あらゆる公権力担当者の権限行使の前提には、必ず自己の権限についての「解釈」が介在する。授権規範の内容を決めるのは、その直接の作り手が込めた主観的意味ではなく、より上位の規範をも視野に入れた法体系全体であって、かかる客観的意味を読み取るためにも、「解釈」の営みは不可欠である。けれども、国内法上その解釈を枠づける上位規範のない憲法を、立法・行政・司法の頂点にたつ人間たちが自己解釈するとき、「解釈」作用に含まれた「権力」性の契機は極大化する。「憲法解釈権力」とは、その謂(いい)である。 最終的な合憲性判定権をもつ最高裁判所が審査を放棄する「統治行為」の場合には、憲法解釈権力は統治の中心である内閣に移動し、とりわけ「安倍一強」の構図のもとでは、首相がその総攬(そうらん)者としての自意識を抱いた。他方で、立憲主義とは公権力担当者の自己拘束の思想であり、内閣では内閣法制局

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  • ラノベ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」完結 10代の生きづらさ代弁し続けた9年間|好書好日

    渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』が先月発売の第14巻で完結した。2011年に第1巻が刊行された作は、『このライトノベルがすごい!』(宝島社)の作品部門ランキングで14年から3年連続1位を獲得して殿堂入りし、来年春から放送開始予定の新作も合わせ3度にわたりアニメ化もされた、シリーズ累計1千万部突破のヒット作だ。 ストーリーは、ヒネクレ者の高校2年生・比企谷八幡(ひきがやはちまん)が奉仕部なる部活に入れられ、そこで出会ったヒロインたちと学内の問題を解決していくというもの。「残念」なキャラクターたちの部活ものというと、なんとなく既視感を覚えるが、作の特徴は舞台となる学校を、スクールカーストに支配され、誰もが空気を読み合う息苦しい場所として描いた点にある。 ライトノベルの対象読者は主に10代だ。だからこそ、そこでは時に、個性的なキャラの織りなすエンターテインメントであるだけでな

    ラノベ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」完結 10代の生きづらさ代弁し続けた9年間|好書好日
  • 北村紗衣さん「お砂糖とスパイスと爆発的な何か」インタビュー 目からうろこのフェミニスト批評集|好書好日

    文:篠原諄也 写真:斉藤順子 北村紗衣(きたむら・さえ)武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授 1983年、北海道士別市生まれ。専門はシェイクスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史。東京大学の表象文化論にて学士号・修士号を取得後、2013年にキングズ・カレッジ・ロンドンにて博士号取得。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち──近世の観劇と読書』 (白水社、2018)、訳書にキャトリン・モラン『女になる方法──ロックンロールな13歳のフェミニスト成長記』(青土社、2018)など。 傑作とされる古典がつまらなかった ――フェミニスト批評とは何でしょう? フェミニスト批評はこれまでの批評が実は男子文化だったことに立脚しています。つまり、批評の歴史を振り返ると、男性中心的な社会の中で、男性向けに作られたものを男性の視点で読む。それが普遍的な解釈だとされてきました。 日の近代文学もそうで、たとえ

    北村紗衣さん「お砂糖とスパイスと爆発的な何か」インタビュー 目からうろこのフェミニスト批評集|好書好日
  • 職場の理不尽な「あるある」がいっぱい 『わたし、定時で帰ります。』|好書好日

    朱野帰子(あけの・かえるこ)小説家 東京生まれ。2009年にダ・ヴィンチ文学賞大賞を受けた『マタタビ潔子の魂』でデビュー。13年、『駅物語』がヒット。15年には『海に降る』が有村架純主演でテレビドラマになった。 朱野さんと言えば、東京駅で働く新人駅員の成長を描く『駅物語』、有人潜水調査船「しんかい6500」で日初の女性パイロットが主人公の『海に降る』といった女性のお仕事小説で人気を博している。 「特殊な職業を取り上げる小説は、どこかで読者が限られてしまうと感じていました。『働く』ことについて多くの人が共感できる物語が必ずあるはず。それを書けていないという思いがずっと自分の中にあったのです」 そして生まれたのが、作だ。 舞台をIT企業に、就職氷河期に就職した女性を主人公に。実は、朱野さん自身が就職難の時期に過酷な就活を体験していた。なんとか入社できた会社では、終電まで残業することも休日

    職場の理不尽な「あるある」がいっぱい 『わたし、定時で帰ります。』|好書好日