若手論客が「エビデンス」に基づいて高齢者の切り捨て政策を主張しては炎上するといった風景は、いつしか見慣れたものとなった。著者の村上も、学生から「先生の言っていることに客観的な妥当性はあるのですか?」などと問われるという。評者も医師である以上、エビデンスの大切さを理解してはいる。しかし、ゆきすぎたエビデンス主義には問題もある。 エビデンスとは要するに、客観的で統計的な事実のことだ。エビデンスは個人の行動に伴うリスクを計算可能であるかに見せかけ、自己責任論を強化する。その結果、人は自ら進んで、合理的で根拠のある社会規範に従おうとするだろう。統計学が支配する社会は、おのずから為政者や経済的強者に有利なものとなり、人々の生はいっそう息苦しいものとなる。 村上は自身のインタビュー経験に基づき、客観性とは対照的な「経験の生々しさ」に注目し、それをもたらす偶然性やリズムといったダイナミズムの価値を強調す