「その列は長く、いつまでも動かなかった」。正体不明の「列」が暴き出す、人間のねじれた正義と悪意とは。哲学者の稲垣諭さんによる、中村文則さんの最新小説『列』の書評をお届けします。 悪意と苦しみの根本メカニズム 正直、本作『列』には、度肝を抜かれた。少し放心もした。それは、私が哲学研究の一環として追求している人間性の核心部にかかわる場所に、ぬるっと素手で触れようとしているからだ。しかもごく短い小説作品として、それを描き切る。 こんなことをいうと叱られてしまうかもしれないが、一読すると本書は、人間の悪意、もっと正確には、ひとりの男性のねちっこい悪意をぐつぐつと煮詰めて、凝縮して、丸呑みさせられるような作品である。 例えば、 「やり過ぎないよう加減した。意図的と思われないように、つまり私が責任を取らない形で相手を不快にさせたかった」 という男の述懐。これを地でいくような欲望と思考、行動が延々とくり