2010年01月18日12:09 カテゴリ本法/政治 リバタリアン対コミュニタリアン きのうの続き。せまい意味での株主資本主義の効率という問題はほぼ決着がついているが、首相の問題意識は「私的な利益だけを追求する資本主義には問題があり、社会に『公』の領域を取り戻す必要がある」ということだそうだ。これは重要だが、残念ながら経済学だけでは答えられないむずかしい問題である。これに単純なパターナリズムで答を出そうとすると、かえって不公正なバラマキ福祉になってしまう。 この種の問題の古典は、Rawlsである(訳本は絶版)。しかしSenも指摘するように、Rawlsの格差原理は「一国平等主義」だという批判をまぬがれない。たとえばバングラデシュの貧民とアメリカ人の所得格差はどうするのか、という批判には彼も降参した(『万民の法』)。派遣村的な平等主義は、普遍的に成り立たない「ローカルな正義」に過ぎないのである