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ブックマーク / quampaney.exblog.jp (2)

  • 小津の切り返しショット[3]:イマジナリーライン超え | 知ったか野郎のボヤきサイト

    『小津の切り返しショット[2]』で、検証から漏れていた代表的なパターンがあった。正面で向き合って会話するパターンだ。たとえば『秋日和(1960年)』での“ゆで小豆”をべるシーン。 ツーショットでは、二人がズレて座っているようにも見えるが、手前のテーブルの模様から推測すると司葉子の左肩あたりの延長線上にカメラがあるようだ。二人とも俯いているので視線のラインは描いていない。 切り返しでは、お互いの真正面からのショットを想定したとすると、いつものように目線が微妙に“同じ方向に”外れている。これこそ「AもBも同じ方向を向くシーン」だろう。そして、これが「切り返しショットがイマジナリーラインを超えて真正面から捉える手法の大原則が破られることはなかった(Wikiより)」という事? 二人の位置関係が真正面だとするとイマジナリーラインは2あることになる。しかも、どちらのラインも“またいで”いるので、ダ

    小津の切り返しショット[3]:イマジナリーライン超え | 知ったか野郎のボヤきサイト
    skam666
    skam666 2014/11/19
    小津作品に頻出する“想定線(イマジナリーライン)を超えた切り替えしショット”の検証記事
  • 小津の切り返しショット[2]:視線の先には誰もいない | 知ったか野郎のボヤきサイト

    小津安二郎 - Wikipediaより、以下引用 小津安二郎の「切り返しショット」は通常の映画の「文法」に沿っていない・・・イマジナリーラインを超えてはならないとされる「原則」に反していると指摘・・・小津は確信を持ってこの手法を取り入れていたため、少なくとも中期以降の作品においては、*切り返しショットがイマジナリーラインを超えて真正面から捉える手法の大原則が破られることはなかった。・・・ *中期以降の作品では「イマジナリーライン超えした真正面からのショット」という「小津手法」を貫いた…という意味か? [パターン1] たとえば前記事の『大学は出たけれど』のシーンや、『晩春』での有名なツーショット・シーンでも、並んで会話する二人を交互に一人づつ見せる時、カメラの位置がカット毎に切り替わる。役者は“ほとんど”カメラ目線だが、ほんの少しだけカメラから外している。なので、相手の方向を向いた時の「肩」

    小津の切り返しショット[2]:視線の先には誰もいない | 知ったか野郎のボヤきサイト
    skam666
    skam666 2014/11/19
    小津作品に頻出する“想定線(イマジナリーライン)を超えた切り替えしショット”の検証記事
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