現実的視点から憲法9条を守るの続き。 現在の日本国憲法は、終戦後1946年2月から、マッカーサー元帥が大急ぎでぶん通したものであり、日本人が作ったものではない。 このときの状況をみると、2月26日開催の極東委員会(極東委員会資料概要)に先んじて既成させようというのに、GHQ内で草案作成の命じられたのが2月3日であって、ものすごく締切が近い。原案の脱稿は実に2月10日である。しかも下命されたのは、当時中尉少尉クラスの若造面子。状況を想像するに、ちょいと小国の命運を決する文化祭前夜といったところか(解説)。ほほえましい情景である。 極東委員会にはソ連・中国が加わっていて、それぞれ拒否権を有していた。またオーストラリアやインドあたりがどう動くかもよくわからず、日本がいかに処理されていくか、かなりの謎といえた。だものでマッカーサー元帥としては、それより一手早く日本国憲法を既成させたかったわけだ。
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