蓮實重彥さんの短期集中連載時評「些事にこだわり」第6回を「ちくま」3月号より転載します。振り込め詐欺詐欺からデジタル庁、そして海のこちらとあちらの首相たち……些事たちが深刻ぶってざわめくこの世界に投げかけるべき言葉とは――。 このところ、固定電話器にかかってくる電話など碌でもないものばかりだ。実際、ついさきほど、拙宅の前の通りをどうやら警察の車輛が通っていたようで、今日はこの界隈に振り込め詐欺の電話が多くかかっているので、不審な者を見かけたらご一報願いたいとスピーカーで述べたてている。そのとたん、いきなり固定電話のベルが鳴るので息を殺して受話器を取り上げると、それはほかでもない、旧知の映画作家からだった。わたくしのスマホにかけてくれたが、なかなか出ないのでつい固定電話にしてしまったとのこと。だが、すぐには名前が確認できず、失礼な対応をしてしまったかもしれない。事情を説明すると、相手も笑って