HRzine Day(エイチアールジン・デイ)は、人が活き会社が成長する人事のWebマガジン「HRzine」が主催するイベントです。毎回、人事の重要課題を1つテーマに設定し、識者やエキスパードが持つ知見・経験を、参加者のみなさんと共有しています。
Railsdm 2019での発表資料です。発表時のものから少しだけ修正しています。
LINE株式会社は、2023年10月1日にLINEヤフー株式会社になりました。LINEヤフー株式会社の新しいブログはこちらです。 LINEヤフー Tech Blog LINEで働くエンジニアtokuhiromが、同じくLINEで働くエンジニアにいろいろと話を聞いていく連載「LINE Engineer Insights」。第9弾はDeveloper Relations(DevRel)チームの藤原聖(@satorufujiwara)さんに、LINEに入社した経緯や、DevRelチームの業務内容、そこでの担当業務などをインタビュー!藤原さんには、DevRelチームでの経験は「自身のエンジニアキャリアにどんな可能性をもたらすのか」なども語っていただきました。 ざっくりまとめると DevRelチームの業務は大きく分けると、エバンジェリスト活動とTechPR活動 TechPR活動の最終ゴールは、いい人
はじめに もともとふつうのベンチャーでしたが、2014年に量子コンピュータにピボットしてからはすくすく会社が育ち、向いてることをするのは大事だなと感じてます。 Qiitaはポエムを書かないといけないらしい(多分)ので。おそらく日本初の量子コンピュータベンチャーとしてまず五年目までに気づいたことを書いてみます。 もともとはデザイン会社 もともとうちの会社はデザイン会社でした。出身が建築事務所だったので、そのまま2009年に独立してデザインをしてました。建築時代はphotoshop+autocadを使っていました。イラレはいまだに苦手です。 前の建築事務所は隈研吾建築事務所というところで、青山の美術館の設計や中国のアリババの社屋のコンペなどを主にしていました。 建築は当時CGパースも仕事がたくさんありましたので、CGのモデリングやレンダリングをやりながら当初は生計を立てていました。ただ、リーマ
タイトル通りです。本日HENNGE最終出社日で、職業プログラマとして働く最後の日となる予定です。 ちなみに以下ツイートでタイムリーなネタだったので乗ったら、2週間ほど前から準備していたこのブログエントリのタイトルをそのままつぶやいてもらえる、という奇跡が起こりました。 あらためて、今日でプログラマというキャリアを終え、明日からDevRelというか、大規模イベント運営を主眼とした活動を株式会社メルカリでやっていくことにしました。 別にこれからも必要な時にコードは書きます。というか、書かないわけがない。でもそちらを生活の糧とするのはやめて違う業種にピボットすることにしました。 とは言え、自分なりに20年続けてきた分野を主戦場とするのをやめるのはそれなりに大きな決断でしたし、決断をした時は久しぶりに馴染みのバーでぐだぐだと愚痴を吐きました。正直まだ実感は沸いてません。軽い決断ではなかったですが、
【大切なお知らせ】 平素より格別のご愛顧を賜り厚く御礼申し上げます。 このたび、私 nipotan は、平成最終日の 4 月 30 日をもちまして LINE 株式会社を卒業することとなりました。 無意味にアイドルの卒業発表っぽい書き出しにしてみました。 さようなら。茶色のこれ 前述の通り、平成という時代とともに LINE を辞めることにしました。 退職日まで二ヶ月ありますが、本日より約二ヶ月間の有給消化に入り、平成最後の営業日が最終出社日になっています。 つまり会社に行くのはあと 1 日となりました。 で、誰? 申し遅れました。 かつてはライブドア、そして近年は LINE でエンジニアをやっています ハンドルネーム nipotan (にぽたん) と申す者です。 本名は、谷口公一と申します。 現 Fastly の宮川達彦氏がかつて国内に滞在していた頃、彼や池邉智洋 (現 LINE 上級執行役
開発メンバーに気軽に話を聞いていく企画第3回は、NOTA歴5年目の古株エンジニア id:Pasta-K (@pastak)が登場。入社経緯、仕事内容、リモートワークについて聞きました。 gyazo.com Pasta-K 京都大学工学部情報学科計算機科学コース在学中。Nota Incのアルバイト5年目、周囲から“バイトリーダー”と呼ばれている。主にGyazoの新機能開発、フロントエンド周辺の開発環境整備、ブラウザ拡張のメンテナンスなどを担当している。趣味はインターネットとビール。サーバーからビールサーバーまで扱うことができる。 NOTA Incへの入社経緯を教えてください。 NOTAでアルバイトをするようになったのは、CEOの洛西と、NOTAの元リードエンジニアで友達のuiureoと、ぼくの3人で、2014年の夏頃に昼ごはんを食べたことがきっかけです。ぼくは、別の会社で、とある情報サイトの
文系でプログラマーになったけど色々失敗して3年半で会社を辞めた話|denkigai|noteという記事を読みました。 この記事に書かれていることが私の身にも覚えがあります。特に私と同い年の方のようなので自分に重ねてしまうところもあります。 ですが多少似たところはあってもやっぱり他人なので全然違う体験もしています。そういう体験を書いてみようと思います。もし該当記事を読んで絶望した人がいるなら別の例もあるよということで参考にしてください。 私は「パソコンの中身が知りたい。多分プログラミングとかいうやつを勉強したら分かる気がする。」くらいのモチベーションでプログラミングをはじめました。 ゴールがあやふやですし、結局のところ「プログラミングをする」が目標になってるので迷子になるのは必至ですね。実際そういう時期がありました。 そんな私でも今はプログラマとして生きています。以下に、私が遭遇した課題とそ
アプリ開発等で有名なフェンリル社にお招きいただき、「エンジニアという仕事を楽しみ続けるためのキャリア戦略」というテーマで講演させていただきました。フェンリルさんに許可をいただいたので、その講演内でつかった約60ページのスライド資料を全ページ公開します。 エンジニアを楽しみ「続ける」というところがポイントで、世の中の変化も激しいし自分も飽きたり慣れたり状況や心境が変わったりする中でどうやって楽しみ「続ける」よう工夫しているのか、というのを実体験を多く交えつつ話しています。 エンジニア、昔は楽しかったんだけど最近はどうも惰性でやってるかも、とか、若くて優秀な人にはもうかなわないなぁ、という感じの方々には共感していただける部分があるかもしれないのでぜひ見てみてください。
2018年12月21日の今日がはてなでの最終出社日となりました。 はてなには、2013年12月に新卒として入社し、その後5年間に渡りお世話になりました。 はてなとの出会いのきっかけは、2011年のはてなインターンに参加したことでした。 はてなインターンの特徴の一つに、ほとんどの参加者が参加したときの内容をブログ記事として書いていることがあります。インターン参加記事には、技術やWebに対する大きな熱量がこもっており、すっかり自分もWeb技術をやっていくのだと感化されました。 ダメ元で選考に望んだところ、運良く選考通過のお知らせをいただいてとてもうれしかったことを今もよく覚えています。 そこから毎年インターンの参加者をみてきていますが、とてもハイレベルで、よく自分が選考通過したものだと今でも思います。 この出来事が自身の人生にとって大きな転機だったと言えるでしょう。 インターンの1年後にアルバ
どうも、きしだなおき(@kis)です。LINE Fukuokaで働いています。 長らくフリーランスとして活動した後で就職したので、そのときは福岡をはじめ、ネットでつながっている全ての人が驚いたのですが、なんだかんだでもうすぐ4年が過ぎようとしています。 会社員になってJJUG CCCのスポンサーセッションで発表してきた - きしだのはてな このコラムでは、フリーランスのプログラマーになった経緯などを振り返りつつ、就職した今はどういう感じで生きているかを書いていきたいと思います。 プログラミングを始めて、仕事にするまで Javaとの出会い・Javaの面白さ 大きなテクノロジーを求めてフリーランスから会社員に 会社員になって気付けたいくつかのこと コードが書けるようになるプログラミングの勉強について プログラミングのトレーニングと実践 起きれない ところで会社員になってどうだったの? 楽しく仲
発信しないのは「仕事をしても請求書を出さない」のと同じ。堤修一が開発~発信の循環を作る理由 ブログ、書籍、そしてOSS。iOSエンジニアの堤修一さんは、常に「発信」のこだわり続けてきました。数多くのスターを獲得した『iOS-Sampler』シリーズも、発信活動の一環だと説明します。なぜここまで発信にこだわるのか、堤さんに聞きました。 「昔は、他のエンジニアと会話するのも怖かった。やりとりされる言葉の意味すら分からなかったので」 iOSエンジニアの堤 修一(つつみ・しゅういち/ @shu223 )さんは、駆け出しだった過去を振り返ってこう言います。30歳を超えてから本格的にプログラミングに取り組み、あるときは「できないやつ」と見なされ、窓際も経験した堤さんを磨いたのは、強い学習意欲と学習したものを様々な形でアウトプットする、発信力。そして発信から次のミッションを獲得するという、サイクル作りに
こんにちは、id:hitode909です。今回は、id:onkに話を聞いてみます。 onkさんとはここ半年ほど隣の席に座っていて、マンガチームでの課題を足がかりに、CTO室の時間を使って全社的な問題を解決しようと日々活動しています。 id:onkにアンケート はてなidとその由来を教えてください いつどんなきっかけで入社されましたか? 現在の仕事を教えてください チーム内の立ち位置を教えてください 今日一日の流れを教えてください 最近うまくいったことは何ですか? 最近うまくいってないことは何ですか? ふだん大切にしていることは何ですか? はてなはどんな会社ですか? おわりに id:onkにアンケート はてなidとその由来を教えてください 苗字の大仲 (ONaKa) からです。2004-2005 年ぐらいに取得したはず。当時は (今も?) 母音を省略するのがカッコイイという雰囲気があったと思
なぜエンジニアはアウトプットすべきなのか? “発信”が自身のキャリアにもたらすもの なぜポートフォリオが必要なのか 2018年10月9日、Forkwellが主催するイベント「日々のアウトプットが変える!あなたのエンジニア・ライフ」が開催されました。エンジニアの成長に必要不可欠な「アウトプット」。しかし、今すぐアウトプットを始めようと思っても、何をどのように発信すれば良いのでしょうか? 日頃よりアウトプットを積極的に行っている2名のエンジニアを迎え、エンジニアとして成長するためのアウトプットのコツを語っていただきます。また、エンジニア向けポートフォリオサービス「Forkwell Portfolio」を用いた、現役エンジニアのポートフォリオレビューも実施。エンジニアとしてのキャリアの作り方を語りました。プレゼンテーション「なぜポートフォリオが必要なのか」に登場したのは、Forkwellの技術顧
こんにちは。ヨッピーです。今めちゃくちゃ悩んでおります。 今日はITエンジニアのマネジメントをしているえらい人たちと一緒に「ITエンジニアの仕事環境はどう整えるのがベストか」みたいな話をしているのですが、 議論が多すぎて全然話がまとまりません。 おかしい……! 「やっぱこういう環境がいいよね!」みたいにすんなり決まるかと思ったのに……! とにかく、悩んでいてもしょうがないので、今日はこのド散らかった議論を包み隠さず出すことにしました。 ITエンジニア ITエンジニアをマネジメントしている人 ITエンジニアを採用したい人 なんかの人たちには有意義なものがたくさん含まれているので、ぜひ読んでいただきたいと思います。議論に参加してくれたのは、こちらの3名の方です! ▲バリューコマース株式会社 執行役員 最高技術責任者 伊藤信敬さん 2002年4月エー・アンド・アイシステム株式会社(現株式会社ラッ
2018年 メルカリ新卒エンジニアと立ち話。Vol.18 @makazutaka @codehex ちょっとお話いいですか? メルカリで働くエンジニアにちょっとだけお話を伺うインタビューシリーズ「エンジニアと立ち話」。第18回目のゲストは2018年度入社の新卒エンジニア、@makazutakaさんと@codehexさんです。 聞き手はお馴染み、ソフトウェアエンジニアの梶原賢祐(以下、@kajiken)。今回はいったいどんな立ち話が展開されるのでしょうか。 遊び心が高じてのめり込んだ、プログラミングの世界 @kajiken:@makazutakaさん、@codehexさん、ちょっとお話いいですか? @kajiken:ちょっと、廊下は走らないでください。 @makazutaka:す、すみません……新卒なのでつい……。 @kajiken:さすがエンジニアルーキーズ。挙動がスピーディーですね。 @
本日、2018年9月28日が最終出社日でした。正式には10月末をもって、チーフエンジニアとして務めたGMOペパボ株式会社、また、主席研究員として務めたペパボ研究所を退職します。 現職には2015年4月に入社後、実際には入社前から関わりがあったため、それも含めると約4年間、本当に様々な取り組みを行ってきました。チーフエンジニア兼主席研究員として取り組んできた仕事の中で、社外にアウトプットして伝えてきたこと以外の、より社内業務的な内容はなかなか言語化する機会がなかったので、それらを振り返りつつ、転職に至った経緯をお話ししてみます。 2015年入社当時のペパボ福岡の雰囲気は今でもよく覚えており、良くも悪くも様々なところで血気盛んなメンバーによる争いの絶えない雰囲気がありました。 レンタルサーバ、所謂ホスティングサービスという歴史あるサービスを運営していることもあり「Webサービスに関する知見やア
LINEが京都の開発拠点「LINE KYOTO」を設けたのは人材の採用戦略のため。魅力的な土地にオフィスがあれば「そこで働きたい」と思うエンジニアが集まるのではないかと考えたのだ。 業務が開発中心のエンジニアであれば、働く土地に縛られることはない。機材とインターネット環境が整っていれば、場所はどこでもいい。会議はテレビ会議でできるし、開発プロジェクトの情報共有は各種ツールを使えばいい。オンラインでほぼ解決する。 場所にとらわれることがないなら、魅力的な土地がいい。 では魅力的な土地とはどこか。魅力とは何か――本連載の過去記事では、「自然に近い」「生活しやすい」などを「魅力」と考え、都会を離れた場所を選択する企業やエンジニアが多かった。 LINEはなぜ都会である京都に拠点を構えたのか、京都オフィスで働く2人のエンジニアに話を聞いた。 関連記事 愛知編:やっぱり都会は便利だよね――岐阜から名古
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