④サミュエル・リチャードソン『パミラ、あるいは淑徳の報い』(1740年) 死刑が大衆の娯楽だった時代 ヨーロッパの歴史における大きな謎の1つは、身体刑の消滅です[22]。 前近代の世界では、ヨーロッパに限らず世界のどこでも残虐な刑罰が当たり前に存在しました。罪人の手足の骨を鉄棒で叩いて粉砕し、ぐにゃぐにゃになった腕でカラダを車輪に括り付けて、腹を引き裂いて内臓を露出させ、ゆっくりと時間をかけて殺害する。あるいは、手首や足首を縛った縄を、数頭の馬で別々の方向に引っ張って八つ裂きにする――。そんなB級ホラー映画も裸足で逃げ出すような血みどろの拷問と身体刑が執行されていたのです。日本の歴史を振り返れば「石抱」や「鋸(のこ)挽(び)き」が有名でしょう。 ヨーロッパでは18世紀半ばまで、こうした身体刑が日常茶飯事でした。退屈しのぎに集まった野次馬たちは、囚人の悲鳴やうめき声に喜び、死刑執行人の一挙手