あまりにもコメントが多くあるので、こちらの方で論じたいと思います。 菊池さんが推薦してくれた「疑似科学と科学の哲学」は、以前、一度読んだのですが、再度、精読中です。 同書からは、科学の線引き問題において、ポパーを不十分としながらも、ホパーは避けて通れない印象を非常に受けます。個人的な意見ですが、統計的検定など、社会調査法でも使用する基準がでてきますが、ポパーの反証可能性ほど明確な線引き基準はないのではと思います。 いずれにしろ、科学の同一性をその方法や手続きに求めようとする傾向が認められます。確かに科学的知識そのものは真理ではないという謙虚さは認められ、自らを相対化していますが、科学という手続きそれ自体は、絶対化されています。 カール・ポパーについて (内容/形式=方法)という観点から観察すると、内容的には科学的知識は反証可能であり間違う可能性があり、科学的知識は常に更新されていく相対的な