このままでは皇位継承者がいなくなってしまうかもしれない──そうした危機意識のもと、2005年1月から有識者会議で検討されてきた皇室典範改正案は、2006年9月、秋篠宮家の紀子妃に男の子、悠仁親王が誕生したことで見送りとなった。 目の前の局面が回避されたおかげで皇室存続をめぐる騒動は緊張感を失いすっかり下火になったけれど、根本的に解決されたわけではないのは子供でもわかるリクツで、遠からず(といってもたぶんけっこう遠いが)再燃するのはあきらかである。 皇統が断絶の危機に瀕しているのは、戦後改正された皇室典範のせいだ。 新典範は旧典範をおおよそ引き継いでおり、有識者会議で議論の焦点だった「男系男子の世襲」や「女帝の否定」なども明治の典範を踏襲したものなのだが、問題は、典範改正にあたり、天皇直系の秩父宮、高松宮、三笠宮以外の11の宮家が皇籍から離脱させられると同時に、側室制度(お妾さんですな)も廃