古代文学にもとづく題材を、新たな視点と感覚で描いた小説の誕生に、驚かされた。高尾長良の小説『影媛』は、そのタイトルからわかるように、『日本書紀』巻十六・武烈天皇紀に記される影媛をめぐる歌物語を軸として展開される。『古事記』や『万葉集』に見られる語彙も豊かに取り入れながら、全体としては、作者独自の影媛像や平群臣志毘の人物像が形づくられ、自在なひろがりをもつ作品となっている。古代文学に描かれる悲恋に取材して書き直したというよりは、そこを出発点としながらも、縛られない発想で描かれた独自の小説と呼ぶにふさわしい世界が形成されている。 物部麁鹿火(あらかい)の娘である影媛には、巫(かんなぎ)としての務めをはたす能力がそなわっている。「御祖を降ろし得、太占(ふとまに)に占い得るのは影媛のみぞ」と表される。物部麁鹿火は、太子(ひつぎのみこ)が娘を聘(あと)うことを望んでいる。とはいえ、太子はまだ十歳。影