7月3日午後に幕張車両センターに所属する〈あずさ〉色の183系が来阪した。目的はATS関係の作動検査の模様で、列車番号は9121Mと付され、マリ32編成が使用された。
▲西天下茶屋駅を出る2282+2232の2連汐見橋行き。改札口に寄り添うように西天駅前商店街が続くが、この周辺は16年ほど前に放送されたNHKの朝の連続テレビ小説「ふたりっ子」の舞台ともなった。'12.4.20 西天下茶屋 クリックするとポップアップします。 木津川駅を出た列車は大きく左にカーブを切りながら工場地帯の中を次の津守駅へと進んでゆきます。先述のように、沿線を撮影しながらの移動のためなかなか列車の時間と噛み合わず、結局、木津川駅からはずっと歩き通すこととなってしまいました。 ▲鰻の寝床のような奇妙な構造の津守駅。無人の本屋は汐見橋行きホームに接続しており、岸里玉出方面行きのホームへは構内踏切を渡る。'12.4.20 津守 クリックするとポップアップします。 ▲かつての乗車口だろうか、ホームへの崩れかけた木製の階段が残されていた(左)。右は木津川-津守間で見かけた車道と歩道に別々の
車輌の所属標記をはじめ、現在でも国鉄時代からの鉄道電報略号=「電略」は随所に生きています。職掌ではかつての乗客専務車掌を示す「カレチ」、運転関連では運休を表す「ウヤ」などは、今でも私たちファンの間で日常的に使われていますが、それでは“口承”ではなく正確な鉄道電報略号はというと、貨物列車を「カモレ」(正しくは「カレ」)と言い慣わしてしまっているように、意外と知られていないのではないでしょうか。 電子メールはもとより、ファックスさえなかった時代、鉄道現場での通信手段は電話か電報でした。電話といっても一般電話ではなく鉄道電話、いわゆる「鉄電」(現在のJR電話。ちなみにRM編集部のJR鉄電番号は058‐4230番)で、通信ケーブルを介してのアナログ時代は距離が離れれば離れるほど通話状態は劣悪となり、例えば東京から北海道の支線の駅に電話をする場合など、さながら怒鳴りあいのような状態が日常茶飯でした。
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