ここでとんかつが運ばれてきた。 とんかつの断面は黄色い衣となっている。きれいな色だ。衣をつけるとき溶き卵を二度付けしているから、このような色になるそうだ。このおかげで肉が柔らかくなり、ほんのりと卵の甘みも加わる。丸八とんかつ店の特別なとんかつだ。 ソースをかけたとんかつを口に運びながら、田嶋は考える。 『なぜ伊東さんは、店舗売却にそこまで関与するのだろうか。伊東さんの仕事のやり方だと、自らは出ていかず部下にやらすことが多い。なぜ自ら動いているのだろうか』 その時に梶が言った。 「うちの店舗の売却額だけど、入札するから世の中の市場実勢で売ると思うだろう? だけど、実際はかなりの安値売却になるだろうな。俺には良く分からないけど、入札側で談合するんじゃないかって噂まで流れているよ。いずれもOBがいる会社だし、何か怪しいんだよな。うちの想定売却価格の情報を社内外の様々な人が聞きに来ている。そもそも
お店ではカウンターに3名で並んで座った。もう少しメンバーの数が多い時は、二階の座敷に行くが、今日はカウンターで十分だ。 田嶋が一番奥に座り、真ん中にムードメーカーの浅川、入口近くに梶が座った。瓶ビールを二本頼み、田嶋と梶がヒレカツ定食、浅川が上ロース定食を頼んだ。 丸八とんかつ店では瓶ビールはキリンのラガーだ。昭和の感じがするキリンラガーだが、田嶋は瓶ビールだとラガーが一番おいしいと感じていた。生ビールだったらアサヒのスーパードライがお気に入りだ。 おばちゃんがビールを持ってきてくれ、カウンターにそっと置いた。各々がそれぞれのグラスにビールを注ぎ、軽く乾杯をする。 年季の入ったカウンターには瓶ビールが似合う。最初の一杯を飲み干し、一息ついた。 「なあ、そういえば梶は最近何をやってるんだ?」浅川が左側にいる梶に軽い感じで聞いた。 「俺は本当に何でも屋なんだよな。今は、旧Yの店舗閉鎖プロジェク
ただ、田嶋の下には違う情報が入ってきてもいた。各店舗からは、人事部が来ているはずなの支店長や所属員との面談を行わなかったという噂話が入るようになった。徐々に神奈川県の旧Y店舗では、何のために人事部が同行しているのか分からないと言われるようになったようだった。人事部への不満を表立って言わないのが銀行員の常だが、このように人事部を批判するような意見が噂として届いてくるということは、よほど不満がたまっているのだろう。神奈川担当の田嶋としては、今やカリスマ性を帯びてきた伊東に意見する訳にもいかず、ただ時間だけが過ぎていた。 この間、伊東のスケジュールにはMRと書かれた打ち合わせが増えていた。人事部は秘密主義であり関係者しか内容を知らされない打ち合わせは四六時中開催されている。従業員の異動、昇格、降格、不正、不倫等、オープンにできない話題には事欠かない。そのためMRと書かれた伊東のスケジュールについ
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