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2008年7月1日のブックマーク (2件)

  • 無敵の人の増加。 : ひろゆき@オープンSNS

    【教えてくん】コミュニティーなのです。 なんかニュースとかあったらここに書こうかと思ってますよ。とりあえず、おいらのブログ 無敵の人の増加。 逮捕されると、職を失ったり、社会的信用が下がったりします。 元々、無職で社会的信用が皆無の人にとっては逮捕というのは、なんのリスクにもならないのですね。 花輪 和一さんの刑務所の中とか読んじゃったりすると、「刑務所もそんなに悪いとこじゃないのかもねー」とか思っちゃったりもするかもしれません。 そんなわけで、刑罰がリスクだと思わない人たちというのが存在しているのが現代の社会。 日が法治国家であり、人権を尊重する限り、彼らが逮捕を恐れる可能性は少ないわけです。 一昔前までは、社会的信用の無い人の発言力は居酒屋で騒いだり、雑誌に投稿したりするぐらいしかなかったので、社会的影響力が少なかったのですね。 でも、現在はインターネットを使った犯行予告をすることで

    z0rac
    z0rac 2008/07/01
    社会のリスク過敏と発言力の増加を取り違えるから2chがあれなわけだが。
  • 「承認」だけでは済まぬ問題たち―物語と承認の彼方に - No Hedge!

    「承認」の話が自分の観測範囲内でちょくちょく見られるので後出しじゃんけんをしてみる。「ロスジェネ」のシンポでも色々話が出たようだが、パフォーマンスと言えどナイーヴな議論も出たようで、またいくつかの議論はその焦点がぼやけているものもある、と思ったので書いてみた。彼女が出来れば、セックスできれば、コミュニティに所属すれば、作品を認めてもらえれば、「承認」にまとわり付く諸問題は解決する、というわけではない。問題はその深層にある。 自己の連続性としてのアイデンティティ 「承認」と一口に言ってもそれは様々なコンテクストの中で語られ、また意味を持つ。だからこそはてな村で延々と議論されまた車輪の再発見をもたらしうるのだが、それではちょっとノイズが大きすぎるので、社会学者のアンソニー・ギデンズに拠って(彼の)「アイデンティティ」論に置き換えてみる。 まずは引用から。 自己アイデンティティは、生活史という観

    「承認」だけでは済まぬ問題たち―物語と承認の彼方に - No Hedge!
    z0rac
    z0rac 2008/07/01
    こっちの方が解り易い。