前2回(⇒前回 ⇒前々回)で触れた井上靖の『しろばんば』には、主人公の洪作のほかにも、さまざまな子供たちがあざやかに描かれている。 その中で何と言っても忘れられないのは蘭子である。蘭子は『お嬢様』キャラの見本のような少女である。 そもそも、「おだまり!」「おやめ!」のように、動詞(いまの例なら「だまる」「やめる」)の連用形(「だまり」「やめ」)の前に接頭辞「お」を付けた形の発言で他人に命令するのは、『マダム』キャラの得意技である。『しろばんば』では、洪作のきつい母親・七重が、洪作の体を洗ってやる場面でこの技を連発するが、なんと蘭子も、洪作よりも年下の年令でありながら、 「うしろ向きになってお歩き」 「お黙り! お前さん、何言ってるんだ。何も判りもせんくせして」 などと、この技をやってのけている。これが『お嬢様』でなくて何であろう。さすがに「お前さん」以下の発言部分は大人の物言いを聞きつけて