この試合、自分の出番はなさそうだ……。田中幸雄はシリーズ第5戦の戦況を見つめながら、脱力していくのを感じていた。 プロ22年目、39歳、ミスター日ハムと言われる男は、代打屋としてベンチにいた。 右投手の山井が8回までパーフェクトの快投を演じていた。現実的に右打者の自分が打席に立つことは想像できなかった。いつものようにイニングの合間にスイングをして、体は温めていたものの、最終回を迎える頃には心のスイッチを切りかけていた。 だから、9回表のマウンドに左腕の岩瀬が上がった時には我が目を疑った。ただ、その事実を確認した後は不思議と腑に落ちた。 《パーフェクトの投手を代えるなんて考えもしませんでした。だけど、後から、そうだ相手は落合さんなんだ、と思いました》 「ホームランバッターが先頭にいたら、相手は嫌だろう?」 田中は日本ハムにおいて落合の野球観に触れた数少ない1人だった。1997年、巨人を退団し
中日が53年ぶりの日本一を目前にした9回、パーフェクトピッチングの山井に代えて、岩瀬――。あの前代未聞の継投策を、敗れた日本ハムはどう見ていたのか。当時の選手、コーチが回想する。(全2回の前編/後編へ) 8回裏、ナゴヤドームは奇妙な静けさに包まれていた。中日が攻撃しているというのに、人々の関心は次のイニング、つまり日本ハムの最後の攻撃に向けられているようだった。それは日本シリーズ史上初の完全試合を待ち望む空気であった。 日本ハムの金子誠はショートを守りながら、相手のベンチに目をやった。視線の先には次の回に向けてキャッチボールをする中日の先発投手、山井大介がいた。日本ハムはこの29歳の右腕に対して、まだひとりのランナーも出すことができずにいた。 《山井投手はキレッキレでした。スライダーが右打者の顔の前から外角いっぱいに落ちていく。6回くらいから、まずいぞ……という空気はベンチにありました》
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