『私が好きなあなたの匂い』(長谷部千彩/河出書房新社) 映像や写真には写らない「香り」という、れっきとした存在に焦点をあてた『私が好きなあなたの匂い』(長谷部千彩/河出書房新社)は、シャネル、エルメス、バーバリー、イブ・サンローランなど実在の香水をモチーフにした36のストーリーを収めた短編集です。 本作を読むと、人の感受性に「香り」というエッセンスを与えてくれる嗅覚が、記憶や感触と密接に関連していることがわかります。バレンシアガの香水をテーマにした一編「セントラル・パーク・ウエスト」の冒頭では、ニューヨーク生まれ日本育ちの(日本人の)主人公がこうつぶやきます。 私の一番古い記憶は二歳の誕生日。こたつの上のケーキとロウソクの光。私は東京から二時間ほど行ったところ、海沿いの小さな町で育った。 この文章自体に香水は登場しませんが、嗅覚はこうしたおぼろげな記憶と相性が良いようです。例えば、塩素っぽ