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「クラブに見る都市の若者のトライブ化 〜新木場agehaの踊らない“クラバー”たち〜」: テクノ/エティカル/音楽学 「音楽の哲学」ブログ
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「クラブに見る都市の若者のトライブ化 〜新木場agehaの踊らない“クラバー”たち〜」: テクノ/エティカル/音楽学 「音楽の哲学」ブログ
新木場agehaで開催されるデトロイト・テクノのパーティーでは、いわゆる典型的な“クラバー”・ファッショ... 新木場agehaで開催されるデトロイト・テクノのパーティーでは、いわゆる典型的な“クラバー”・ファッションに身を包んだ若者がフロアの隅の方で呆然として、フロアの様子を眺めている、という光景が見かけられる。 デトロイト・テクノで踊る若者、“クラバー・ファッション”の若者、この二つのカテゴリーの若者はクラブ・カルチャーやユース・カルチャーに精通しない「一般人」にとってはほとんど見分けがつかない。しかし、クラブというただ踊ることだけが楽しい、ある種ハッピーでanything goesな空間でなぜこういった亀裂が生じるのだろうか?この現象から都市の「トライブ」の問題について考察したい。 上野俊哉は、『アーバン・トライバル・スタディーズ』において、音楽やマンガなどの表現文化によって形成される「アーバン・トライブ(都市の部族)」を以下のように定義している。 「ある種の若者文化、サブカルチャー、都市